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	<title>中国趣聞博客 &#187; 四川大地震</title>
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	<description>ジャーナリスト福島香織公式サイト</description>
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		<title>被災地からもどってきて⑥震災後経済と復興、そして汚職</title>
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		<pubDate>Fri, 04 Jul 2008 09:48:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[福島 香織]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[指定なし]]></category>
		<category><![CDATA[四川大地震]]></category>
		<category><![CDATA[復興計画]]></category>
		<category><![CDATA[経済損失]]></category>

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		<description><![CDATA[■気になるダライ・ラマ特使と中国側の会談は、中国報道によると「ダライ・ラマは年末までにもう一回会合する可能性が与えられた」（チャイナ・デイリー４日付）と、いかにもなにがしかの進歩があったような報道だが、人権問題関連の組織 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>■気になるダライ・ラマ特使と中国側の会談は、中国報道によると「ダライ・ラマは年末までにもう一回会合する可能性が与えられた」（チャイナ・デイリー４日付）と、いかにもなにがしかの進歩があったような報道だが、人権問題関連の組織からメールで戴いたリポート（ＰＤＦファイル）のタイトルは、今回の会談は失敗であった、という内容だった。ところがこのＰＤＦ、ひらけません。ひらけてもよめません。いろいろ、暗号ソフトが駆使されているのだろうが、パソコン音痴には手がおえない。今、チベット問題はへたに報道すると、どうなるかちょっと分からない感じである。これは完全に私の推測だが、ダライ・ラマ側には選択の余地のほとんどない条件が言い渡されたのではないか。というわけで、この問題は、もう少し情報がでてくるまで、見守ることにしよう。</p>
<p>■で、今回のエントリーのテーマは震災である。この震災は、のちのちの中国に対する影響が生半可でないと思うので、しっかりみてゆきたい。</p>
<p>
<strong><em><font size="3">■地震の経済的影響は半端じゃない！<br />
国家存亡の危機？<br />
腹をくくって改革に当たれるか、指導者の器が問われるとき</p>
<p></font></em></strong></p>
<p>■四川大地震の直接経済損失は１兆元、四川省の２００７年のＧＤＰに匹敵する。日本円だと１５兆５０００万円か。四川省の黄小祥・副省長が明かにしたと、華僑向け通信社中国新聞が伝えた。中国のＧＤＰが２４兆６６００億元（２００７年）、これは中国経済にどんなインパクトがあるのか。ちなみに四川大地震によってうまれた失業者は３７万２０００人。農業が出来なくなった農民は１５０万人。直接経済損失だけでなく、不動産への不信感による不動産業界への打撃、観光産業への打撃、国有のセメント、鉄鋼など復興関係企業は「党のため、人民のため」というかけ声のもと、利益度外視の安値で建設資材を拠出されるかもしれない。そういうもろもろの間接的影響をかんがえると、これは非常にゆゆしき状況だ。被災地が復興するのが早いか、中国経済がクラッシュするのが早いか？五輪はまあ国際イベントだからやらざるを得ないとしても、神舟７号の打ち上げは延期したほうがいいんじゃない？よけいなお世話ですけど。</p>
<p>
■さて、復興はどうするのか、というと、中央がとりあえず初年は７００億元投じて、うち４００億元を農民家庭の再建に当てる。四川は中国農業をささえる省であり、農民が家を失い農業ができなければ、都会になだれ込むことになり都市の失業率アップと治安悪化、そして食糧生産の低下と影響が大きい。ちなみにこの７００億元のうち６００億は中央安定調節基金から拠出、５０億が自動車税、１０億が宝くじ&hellip;、らしい。中央はこのため、中央国家機関に５％の経費圧縮を通達している。これで１５・４５億元浮き、一部公務員管理機関の経費節減によってさらに１０億浮く、そうだが、本当にできるのかな？</p>
<p>
■新華社によれば、国内１９省・直轄市が、分担して、四川省の被災地１８県および陝西省、甘粛省の復旧責任を負わせる、という復旧計画がすでに決定している。たとえば広東省は震源地の?川県に毎年、地方財政収入の１％以上を復旧費用として拠出しなければいけない。広東省の財政収入は２７８５億元（２００７年）だから、２７億元を?川県に投じるわけだ。まあ、地方政府の中には、株で売り逃げしてうはうはの所もあるようだし、人によってはグッドアイデア！と思うかもしれないが、そうだろうか？</p>
<p>
■広東省、上海市、浙江省などお金持ち省・市はまだいいとして、河北省とか吉林省とか安徽省とか自分のところの県のめんどうもきちんとみれず、農民が年から年中暴動おこしているような省も平等に１％も財政拠出させられるのだが、これも大丈夫だろうか。中国の県レベルの財政は８割方が慢性的な赤字で、そのために農民からのわけのわからない搾取（乱収費とよばれる臨時税）があり、そういう不満がたまりにたまったところへ、ちょっとした事件（貴州省の少女暴行殺害疑惑など）が導火線となって、発火したり爆発したりする。</p>
<p>
■さらにいえば、そうやって自分のところの農民の不満を抑えつつ、被災地に提供した金が、どのように使用されたか、分配されたか、きちんと納税者たる省民に説明責任が果たせるのだろうか。これは地方財政からの復興費用だけでなく、国内外からかき集められた巨額の義援金の分配についても、いえる。汚職、腐敗などが発覚した日には、本当に革命がおきても不思議はない気がする。つまり、この復興計画、一歩間違えば、中央、地方の深刻な財政危機プラス、庶民の不満爆発を引き起こしかねない。<br />
で、カントリーリスク増大&rarr;外国資本の一斉撤退&rarr;中国経済崩壊といった、連鎖反応が起こったら、どうしますか？</p>
<p>
■とくに、問題は汚職・腐敗である。<br />
四川大地震には国内外あわせて５５４．９８億元（２００．８１億分分配ずみ）の義援金・カンパ物資がよせられているが、すでに支援物資の不公平分配、横流しなど違法行為がけっこう発覚している。</p>
<p>
■６月２３日に北京で行われた国家反腐敗局の馬ウェン局長の記者会見によると、四川大地震の救援のためによせられた物資、義援金の使用・管理に関する市民からの通報は、６月２０日までに１０８０４件。このうちの多くは、物資がたりない、というような困窮を訴える声だが、うち１１７８件については物資、義援金にからむ違法使用のタレコミだった。うち１００７件について当局が捜査したところ、初期の不正は、ほとんどがテント、食品の不公平な分配（身内やコネのある人間に優先的に分配するなど）だったという。キックバックなどもあったとしたら、立派な横領罪である。また幹部らの行動の遅延もあった。４３人の幹部が党規政績処分（通信簿にわるい評価をかきこまれる）にあい、１２人が更迭の重い処分にあっている。</p>
<p>
■一方、会計検査署によれば、すでに被災地１９８００の地方政府機関の監査を行い、同時に市民からの通報も受付ている。通報の１０％くらいは、捜査のてがかりになるものがふくまれていた、という。その結果、公開した報告が以下のとおり。</p>
<p>
■①５月１５日、河南省安陽県工商業連合会、安陽県赤十字会が河南利源焦化公司など３企業から義捐金６０万元を受け取ったが、その後、責任者は連合会指導部の「集団研究」（審査）を経ずに、かってに２７万１１００元で服やハム、ミネラル、ウォーターなどの支援物資を、コネのある店で買い、ニセのレシートを発行してもらっていた。これらの物資は、安陽県赤十字会から四川省広元市赤十字会に直接発送されたが、これらの物資の中には中古品などもふくまれていたという。</p>
<p>
■②５月２８日、中国工商銀行綿陽某支店が５６人の職員が買ったナイキの運動靴５６足（２・８５万元）のレシートを、合羽、雨靴、傘など震災特別費として請求していた。これは、被災地で職員の安全と基本的生活、銀行の営業ネットワークを維持するための特別支出として拠出されたものだった。</p>
<p>&nbsp;■このほか、携帯電話で、口座を指定してニセ義捐金を募集したりする事件が公安当局に多く報告されている。これら口座はわかり次第凍結している。</p>
<p></p>
<p>■きっと、こんなのは序の口。あとあと、いろんな事例がぼろぼろでてくることだろう。そう思うのは私ではなく、中国人民の方々である。少し古いが、私が被災地にいた５月２０日当時、チェーンメールでうけた震災汚職に関する告発文を簡単に紹介しよう。このチェーンメールが流れた直後の２１日、徳陽市で震災後最初の軍の救援物資の横領に対する大型デモ（数千人規模）が発生。警察車両を破壊するなど警官隊との衝突騒ぎとなった。結局、その後の調査で軍関係者ら７人が逮捕された。</p>
<p>
引用開始<br />
<strong>■「きのう、私の高校（母校）のクラスの主任の四川省綿竹中学の英語教師・韓勇教師に電話をかけた。彼はとても正直なひとだ。先生は非常に深刻悲惨な話を私にした。綿竹の状況はメディアで報じられるより、よっぽど深刻で、街は、いたるところで死者が、２日間も野ざらしで、その臭いが充満していたという。しかし、その処理や救援活動は実質的には何も進んでおらず、綿竹市（農村もふくむ）の大多数は食糧など救援物資をうけとっていない。</p>
<p>
■綿竹市政府はほとんど手をこまねいている状況だった。さらに完全に人民の生命を踏みにじることには、綿竹政府は、本当の死者数を上層部に報告しなかった。綿竹で暮らしたことのある人はみな知っている。綿竹当局者はみんなどす黒く、いまだに手抜き工事が存在しているということを。先生は綿竹の死者は報道でいうような２０００余人どころではなく、１万人以上（不明者を含まず）という。</p>
<p>■また軍が必死に救援してくれているが、地元政府や公安関係者の姿はまったくみえず、（救援物資の）おいしい食べ物、着る物など先に自分のポケットにいれてしまう、という。</strong><strong><span lang="EN-US"></p>
<p>■先生は嗚咽しながらいう。漢旺にいくと、この世の地獄であった。国営大工場の光東方タイヤ工場（漢旺の３分の２の人口と家がこの企業に属する）が１万人近い死者を出した。多くのひとが瓦礫から掘り出されても、治療を受けられなかった。<br />
</span></p>
<p>■温家宝が綿竹を訪れたそのあと、救援はまた停滞し、さきに救援された当局者が優先的に治療をうけ移送された。綿竹に入る救援物資は非常に少ないうえ、残念なことに、さきにほとんどが当局者の親族の手にわたった。私が連絡のついた生徒の家族には当局者がひとりもおらず、救援物資を受け取った人もいなかった。</p>
<p>■いま、綿竹の人は大量に成都や徳陽に逃げだし、綿竹はまるで死の街だ。以上、私が人格をもって保証する真実である。もし疑いがあるなら、電話をしてほしい。連絡先は</strong><strong><span lang="EN-US">1598&hellip;。<br />
&nbsp;<br />
</span>■この情報を、私は涙ながらに皆に転送する。外の世界にこの真実を知らせてほしい。今の季節、疫病がはやる可能性もある。綿竹を重視するように。少なくとも、幸運にも生き残ったわれわれ人民が、生き残る環境を勝ち取らねば。<wbr></wbr></strong><span lang="EN-US"></p>
<p>
<strong>■汚職役人、悪徳役人よ命がけでこい！<br />
</strong></span><br />
<strong><span lang="EN-US">１、温総理が&nbsp;</span>什?市に来たとき、君たちは温総理にどう報告した？</p>
<p><span lang="EN-US">２，被災後数日、君たちは</span>?華鎮（化学工場の倒壊で地域汚染が出た村）にいったかい？いわんや、紅白鎮（同じく化学工場倒壊現場）は？<br />
</strong><span lang="EN-US"><br />
<strong>３，救済物資をどのように被災者と部隊に分けた？</p>
<p>４，どうして被災地から出て行く人の写真撮影が必用なのだ？&nbsp;<br />
</strong></span><span><br />
<strong>５，被災者が住む場所がないのに、どうして政府役人はみな、もっとも安全な体育館の救済テントに住んでいるのだ？</p>
<p></strong></span><strong><span lang="EN-US">６，どうして最も被害の苛烈な</span>?峰公司や、金河燐?鉱が政府に救援を求めているのに自力更生を要求できるのか？</p>
<p>７、什?市の被災状況および救援のおくれを隠蔽報告して、君たちは何を得するというのだ？</p>
<p>８、什?市で無辜の民が死んだのは、多少は君たちの隠蔽、ウソの報告のせいである。だから餓死や廃墟のなかで痛み苦しんで死んだのだ！</p>
<p>
■この数年来、君たちが什?市の役人として、（市民を）ほしいままに搾取し、金の卵を産むめんどりとして徹底的に利用し、君らの政治成績の道具としてふみつけられてきたが、われわれはずっとたえてきた。しかし、いま、この老いたメンドリは瀕死だ。どうしてそんな風に冷血になれるのか？</p>
<p>■胡錦濤総書記に感謝する。総書記はついに来た、われらが什?市の深刻な被災地に！しかし、なんとか生き残ったものたちは、もはや生きる希望が永遠にもてない！<br />
<wbr></wbr></strong><strong><span lang="EN-US">&nbsp;<br />
■何明俊（市委書記）、李成金（市長）、君らはみずから生きながらに拷問をうけるだろう。それは無辜の民の魂に対しやったことの当然の報いだろう？いったい、どこのほかの被災地で、二つの山が一つになるような大地震がおきたのか。その二つの山の間には発電所があり、それは６０㍍の地下に埋まったのだ。君らはまだ温総理にいうかね、、</span>什?の被災は深刻ではありません、と？？？<wbr></wbr>？</p>
<p>■まさか、君らは自分で６０㍍のトンネルをほって、救援にいくとでも？洛水中学校の校舎は倒壊し、一つのクラス５６人全員が犠牲になった。これが深刻でないとでも？？?白、??、洛水の三鎮はいわずもがな、建築物は全部倒壊したわけではないのに、どうしてよりにもよって学校が倒壊するのか？いずれにしろ、学校の鉄筋をを証拠に、保護者らは落とし前をつけさせてもらいにいくさ！</p>
<p>■?峰公司は８０㌧の液化アンモニアがもれ、宏達公司は硫黄工場が燃えたとき、工場幹部らはわれさきに逃げたね？誰が毒ガスで命をおとしたか？</p>
<p>■温首相ですら、自分で扇子を仰ぐのに、君らは、外に出るとき人に傘をもたせている。君らは温総理よりえらいのか？什?の記者に独立した取材を強烈に望む。宣伝部は同行するな！</p>
<p>
■軍はいい、かれらは自分の食糧を被災者にわけ、自分たちは地面をほって、ジャガイモをくっていた。温総理が<span lang="EN-US"> </span>什?にきたとき、被災者は泣いて、温総理に飢えをうったえた。それをそばできいていた当局者たちはどう思ったかね？交通が不便だった、などと言い訳するでない！総理の乗った車は龍居まできたじゃないか。それともわざと、被害が少ない龍居に温総理をつれてきたのかね？</p>
<p>■胡錦濤総書記がきのう、什?にきたが、被災者は道につめかけて、跪いて支援を頼んだ。これを君らはそばで聞いていてどう思った？</p>
<p>■君らが雍城中学の運動場に自分たちの親戚のためいにこっそり民政部の救援テントをたてたとき、人々はどのように君らをののしった？救援テントだぞ？<wbr></wbr>？そのとき八角の被災地の村にはひとつもテントがとどかなかったというのに！君らの仕事は、被災していない親戚にテントをあげることなのか？</p>
<p>■自分の金でやっているなら、たとえ御殿をたててもわれわれは何もいわないさ。しかし、救援テントは、誰の金で買ったものか？分からないなんていわせない、テントの上に書いてあるだろう？〝民政〝と！！</p>
<p>■私は自分の身分をここに残しておく。私の名は呉斌。１９７３年１０月１２日生まれ、什?市方亭鎮中心大街西段<span lang="EN-US">67</span>号に住んでいる。これらをコピペしてチェーンメールにしてくれ。そして汚職役人を殲滅しよう。でなければ天の道理も許し難い。<br />
(以上、チェーンメールの内容を翻訳紹介、一部はしょりました)</p>
<p>
<img height="284" alt="" width="378" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/07/290079.jpg" /><br />
&uarr;かすかにアンモニア臭ののこる、化学工場の倒壊あと。周辺数㌔四方の住民は地震当初、目が開かないくらいのアンモニア大気汚染にさらされた。<br />
（綿竹市紅白鎮）</p>
<p></strong>■このチェーンメールの内容がほんとうかどうか。私は書き手の〝呉斌〝を探しに什?市方亭鎮を訪れたが、問題の住所は区画整理でなくなっていた。韓勇を名乗る教師も結局見つからなかった。ちなみに携帯電話番号は、存在しない番号だった。</p>
<p><img height="354" alt="" width="266" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/07/290093.jpg" /><br />
&uarr;綿竹市漢旺では町全体が壊滅状態。遺体もまだまだ埋まっていた。</p>
<p>
■ただ、面白かったのは、什?市にいくと、出会う人誰もが〝呉斌〝の名を知っていた。交通整理をしていた警官は、チェーンメールに書かれた住所をいっただけで、「ひょっとして呉斌を尋ねてきたのか？」と驚いた。「え？彼に会ったことがあるんですか？実在の人物なんですか？」と聞き返すと、「いや名前しか知らない。しかし政府に８項目の質問状を突きつけた人物だな」という。呉斌はちょっとした英雄だった。</p>
<p>■区画整理前に、中心大街西段６７号あたりをうろうろしていると、近くの売店の人たちがわらわらきて、「呉斌をさがしにきたんだって？」「このあたりに住んでいるという噂はあるが」と、いろいろご近所に聞き回ってくれたが、その所在は結局わからなかった。実在しない人物なのかもしれない。市政府に聞いてみたが、そんな話は存在しないという。</p>
<p>
■しかし、その実在しないかもしれない人物が書いた、リアルな告発文はものすごい説得力をもって、ネットの上で広がった。これが事実かどうか裏はとれない。しかし、中国の人は、このくらいの汚職や特権乱用は、中国であって当然と、思っているのだ。そこが重要なのだ。そして、このチェーンメールを掲載した掲示板が削除されているのをみて、さらに「ほら、やっぱり本当だったんだ！」と思っている。</p>
<p>■中国では当局発表や当局者の説明より、ネット上の存在しないかもしれない人物のチェーンメールの方が信用される。貴州省の少女の死をきっかけに発生した暴動事件も、当局発表では「少女は暴行死ではなく、水死、自殺」だが、ネット上の書き込みをみると、ほとんどの人が信用していない。そりゃ陝西省林業局の「華南トラ捏造写真」事件など当局ぐるみで、誰がみてもウソなのに真実だと言い続ける厚顔ぶりをみれば、何をいっても信用できなくなるのは当然なのだ。長年、人民を騙すのをなんとも思っていなかった当局側の自業自得というか。</p>
<p>
■経済的打撃、官僚汚職への怒り、そして当局への不信感。こういう状況だと、どんな小さなきっかけでも、容易に大事に発展しそうだ。それを防ぐために、目下当局は、統制、規制強化と愛国心宣伝に頼ろうとしている。しかし、復興費用の相当部分が企業・人民からかき集めた義援金なのだとすれば、党の求心力は減少する。「共産党さまが人民のために復興してくださっているのだから、がまんがまん」という具合にはなりにくい。</p>
<p>
■統制と規制の強化は、庶民の不満をより大きくしかねず、もしそういう方針で人民を制御しようというなら、いざというときは天安門事件をもう一度行うくらいの覚悟がないとダメだろう。胡錦濤総書記がそういう強権派とは、思えないし、思いたくない。</p>
<p>
■それならやっぱり少々、社会はゆれるかもしれないが、情報の透明化、メディアの自由化、特に外国メディアの取材の自由の範囲を拡大して、人民がさまざまな不満を表明できる機会を増やして、ガス抜きをしつつ、当局の信用を取り戻す方法を模索した方がいいにきまっている。その過程で、共産党幹部が特権を独占する現体制が変わらざるを得ないなら、そうしなければならないだろうが。そのときは、ひょっとして、私腹を肥やした党幹部らは虎の子をもってオーストラリアやカナダに一斉に脱出するのかな？でも、まさか中央の指導部はそんなわけにはいかないだろう。</p>
<p>■腹をくくって改革にあたれば、のちのち世界史に輝かしい名を残すことができるはず。今期は無理でも次期指導者が、金や不動産よりそういう名誉を重んじる器の持ち主であればいいのだが、といつものように、いろいろ妄想してみるのである。まあ、妄想ですから。</p>
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		<title>被災地からもどってきて⑤哀悼のきもちが中国を変える</title>
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		<pubDate>Thu, 19 Jun 2008 10:40:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[福島 香織]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[指定なし]]></category>
		<category><![CDATA[五輪]]></category>
		<category><![CDATA[哀悼]]></category>
		<category><![CDATA[四川大地震]]></category>
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		<description><![CDATA[■日本の岩手・宮城地震を知ったのは、家のテレビでNHKの週刊ブックレビューをみていたときだった。速報があり、おお日本でも地震だ、これは大きいと、釘付けになった。しかし、本当にびっくりしたのは、本震のあとの地震警報で、NH [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>■日本の岩手・宮城地震を知ったのは、家のテレビでNHKの週刊ブックレビューをみていたときだった。速報があり、おお日本でも地震だ、これは大きいと、釘付けになった。しかし、本当にびっくりしたのは、本震のあとの地震警報で、NHKのアナウンサーが、「まもなく強い地震がきます。身の安全確保をしてください。時間がありません。身の安全確保をしてください」（うるおぼえ）と言い出したことだった。そして、本当にまもなく、大きな余震があった。しかし、じゅうぶん、机の下にかくれるくらいの時間はあった。</p>
<p>
■この国にNHKを見ることのできる人はどのくらいいるかは知らないが、これをみた知人の中国人は「日本ってすごい！」と驚いていた。実際、翌日からの中国メディアは岩手・宮城地震の死傷者の少なさ、倒壊建物の少なさを感嘆し、日本を見習え！と、一時おさまりかけていた日本賛美が再燃しかけている（東シナ海ガス田開発合意でまた揺り戻すかもしれないが？)。新潟・中越地震のときは、ざまあみろ、天罰だ、とかインターネットの掲示板には悪態をつく人も結構いたが、自分たちが大地震の恐怖を知ったあとだと、やはり日本の地震防災技術に対して敬意をいだかずにはいられないのだ。中国はさっそくこの日本のシステムを導入することを決めたようだ。</p>
<p>
■さて、今回の四川大地震関連で、中国人が社交辞令でなく本当に「日本ってすごい！」と思った点は、この地震速報のなど技術面のほか、日本救援チームがかいまみせたような「死者に対する敬意」がある。新華社がながした、日本の救援チームが震災の犠牲者の遺体に黙祷する写真には、中国の普通の人々は本当に感動したのだ（と私は感じている）。愛する人を失った悲しみは、国籍が違っても同じということである。このあたりを今回は考えてみよう。</p>
<p><strong><em><font size="3"></p>
<p>■哀悼のきもち、それが「普遍的価値」<br />
五輪では変われない中国を<br />
大地震が変える可能性</p>
<p></font></em></strong></p>
<p>■中国に「死者にむち打つ」という故事があるものだから、中国人は遺体の扱いがぞんざいで、死者に敬意を払わないのではないか、と思われているようだが、日本人と若干表現のしかたが違うだけで、実は死者に対する哀悼の念や、遺体を大切にする思いはなかなかつよい人々であると、私は思う。</p>
<p>
■たとえば張楊監督の「落葉帰根」という映画は、比較的最近の事実をモデルにしている。これは東北の出稼ぎ農民が出稼ぎ先の深センで死亡して、同郷の同僚がその遺体を背負って故郷に連れて帰るというちょっと奇妙なロードムービーである。このように、被災者が遺体を背負う姿は今回の四川大地震でもしばしばみられた。私が直接目にしたわけではないが、家族の遺体を背負って避難する被災者の様子は写真や記事を通じて中国で報道されている。それは珍しいことではないのだ。</p>
<p>
■農村にのこる「陰婚（昏婚）」（未婚男性が死んだ場合、あの世で結婚させるため、女性の遺体を買って一緒に埋める）という習慣は、女性蔑視であり、私は許せないが、見方をかえれば、死者への哀悼のひとつの形である。</p>
<p>
■私が初めて被災地・都江堰入りしたのは地震発生日から７日目の１８日。つまり初七日。午後８時ごろ、日の暮れるのが遅い四川で、ようよう空がスミレ色にかわりはじめるなか最初に目にした印象深い光景は、瓦礫のはたで、もくもくと紙銭を焼く人々の姿と、ゆらめく炎だった。ある男女が紙銭を焼いているところに近づいた。</p>
<p>&darr;１８日夜、被災地・都江堰市の倒壊アパートの前で紙銭を焼く母子。夫がこの場で無くなった。<br />
<img height="275" alt="" width="366" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/281872.jpg" /></p>
<p>■私「誰が亡くなったのですか？私も哀悼をささげていいですか？」<br />
女性「夫です。（この倒壊）マンションの３階にいました。私は外にいたのですが」<br />
私「&hellip;」<br />
女性「電気工だったんです。世界一いい人でした。夫としても、父親としても。そこにいるのは私たちの息子よ」<br />
息子（３４歳）「あんた、どこの人？」<br />
私「北京からきました。日本の記者です」<br />
息子「ああ、日本、救援隊がきたね。ありがとう。本当に関心をよせてくれて感謝しています」（すでに、日本の救援隊の黙祷写真は全国の新聞、テレビで報道済み）<br />
このとき、紙銭がもえる炎を見詰めていた二人は、初めて顔をあげ私のほうをじっと見詰めて、少しだけ表情をゆるませた。<br />
女性「初めて会った人なのに、主人のこと悼んでくれて本当にありがとう」</p>
<p>
■見知らぬ人が、哀悼の意を示してくれる、実はそういう行為が、意外に遺族の琴線にふれるのではないか。そして身内や隣人が冷淡であったと感じるとき、そういう見知らぬ人からの哀悼が、なおさら身にしみるのだと思う。私は救援チームの哀悼写真への熱烈な賞賛の裏側には、軍の救援や遺体の扱いのあり方への不満もあったと思う。</p>
<p>
■本来、身内の遺体にこだわり、哀悼の気持ちの強い国民性なのに、今回の地震で、救援に当たった解放軍の遺体の扱い方は、正直ぞんざいであった。年端もいかぬ少年のような兵士たちが、昼夜を徹して疲労困憊のなか、瓦礫からざくざく何万もの腐乱しかけた遺体を掘り出さねばならないのである。枕経や黙祷を捧げる余裕どころか、身元確認もろくにしないまま、穴に放り込んで、石灰、土、消毒薬、土とまるで汚物を埋めるように埋めていた。</p>
<p>&darr;震源地・?川県映秀鎮のとうもろこし畑の真ん中に遺体が埋められた溝があった。何人埋められたのかは村人すらはっきり分かっていない。白くみえるのは、悪臭を防ぐ石灰。消毒薬のたちこめるなか、畑では喪服をきたようなモンシロチョウがやたらたくさん舞っていた。<br />
<img height="372" alt="" width="279" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/281883.jpg" /></p>
<p>■いや、いまだ１万７０００人以上の遺体が瓦礫のしたに放置されていることを思えば、掘り出されて土に帰されたのはまだましというべきか。さらにいえば、学校の倒壊現場で犠牲になった多くは子供たちである。一人っ子政策で、原則一人しか子供をもてない親たちは、この一人の子供に一家のすべての未来と希望をたくして大事に育ててきたのだ。この心の傷をどうやっていやすか、その哀悼のあり方は、本来はもっと心をくだかれるべき問題だろう。しかし、中国という図体の重い独裁国家においては、国民個々人の心の傷に気を回す前に、防疫や社会の安定や、五輪の成功、神舟７号の打ち上げといった国威発揚を優先させねばならなかった。</p>
<p>
■子供たちの遺体がまだ埋まっているという聚源中学（都江堰）の倒壊現場では５月２７日、追悼集会が開かれた。我が子の写真をかかえて泣き崩れる親たち。双子の娘を失った母親が、「お骨は私の部屋においてある。まだ墓地も見つけられない。政府は墓地を見つけてくれるのか」と、その正式な弔いがいつになるか、非常にこだわっていた。<br />
&darr;<br />
<img height="408" alt="" width="306" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/281884.jpg" /></p>
<p>■６月１日に開かれた新建小学校の追悼集会。悲しみの余り呼吸困難におちいり倒れる親が続出した。ある女性は昏倒しながらも「あなたには罪はないのに、罪はないのに」とうわごとのように言い続ける。&darr;<br />
<img height="384" alt="" width="288" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/281888.jpg" /></p>
<p><img height="279" alt="" width="372" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/281886.jpg" /><br />
&uarr;新建小学校（都江堰市）の追悼会（６月１日）。亡くなった子供の写真を抱える親の目には、脆弱な学校をつくった当局への怒が燃えている。しかし、親たちの言論は、今当局によって統制されている。</p>
<p>&darr;瓦礫の上に伏して失われた小さい命のために嘆く新建小学校の遺族。<br />
<img height="342" alt="" width="257" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/281876.jpg" /></p>
<p>■新建小学校の追悼式で、ある父親は何かに憑かれたような目つきでこういった。「賠償金がほしいとか、そういうのじゃないのだ。せめて、責任のある政府のトップは、おれの息子に謝ってくれ。でなければ、息子も心やすらかになれない。もし謝らないというのなら、オレはもう決めている。必ず政府のやつらに思い知らせてやる。それがたとえ違法行為になろうともかまわない」。別の母親は、携帯電話のカメラで写した我が子の遺体写真をみせながら、「袋にいれられて、まるで物みたいに扱われていたのよ」と涙をぼろぼろ落としていた。</p>
<p>■哀悼や弔いが、納得のいくように行えれば、残された人の傷はいくばくかいやされる。回復は多少はやくなる。復興・復旧とは、そういう心の回復もふくめて行われるべきものだろう。しかし、今回の大地震は静かに死者を弔う時間も余裕もなく、遺族の心も瓦礫の下に押しつぶされたままだ。その心を遺体と同じように放置しておいて、本当に街や暮らしが復興できるのだろうか。</p>
<p>
■押しつぶされた心は、当局や社会に対する恨みや報復心に変わってゆき、社会の不安定化の原因となるだろう。この恨みの声をうまく昇華できれば、それは政治や社会制度の変革を促すプラス向きの動力となるだろうが、今懸念されていることは、当局が遺族の不満や抗議の声を報道・言論統制（最後には武力）で圧殺するという方法をとりかけているということだ。すでに、学校倒壊で死亡した子供たちの親たちは、統制と子供ひとり４万元の慰謝料という形で、その発言を封殺されかけている。これら遺族の不満を抑え込もうとして抑え込めない場合、予期せぬ抵抗のエネルギーが爆発するのではないか、と老婆心ながら、心配してさしあげる。</p>
<p>
■いやいや、１９日から３日間、中国全国民は喪に服したじゃないか。もう、喪は明けたのだ。あれで中国人は悲しみを昇華させたのだ。いまは復興と五輪に向かってレッツゴー！と、もし当局が思っているとしたら、それは脳天気すぎるといわざるをえない。</p>
<p>
■１９日午後２時２８分から３分間、全国の人々が黙祷をささげる姿は確かに、外国人の私には衝撃であった。その瞬間、ビデオの一時停止ボタンをおしたように、すべての時がとまり、永遠に続くかのようなクラクションとサイレンの音の中、通りを歩く人、車を運転している人、スタンドで新聞を買ってお金を渡しかけている人、そういう誰もがピタリと立ち止まり、真剣に黙祷をささげ、涙を落とした。もし、この瞬間、ひったくりにあっても、誰も追いかけずに、黙祷を続けていたのではないか、と思うほどだった。</p>
<p>
■あとで、中国人の知人から「日本人は阪神大震災のとき、あんな風に全国民が哀悼を捧げたのか？」ときかれたので、「日本人はそんなことはしない。日本人にそこまでの一体感は醸成できない」と正直に答えたら、なぜか満足したようすだった。しかし、である。哀悼とは、政府や党の指導のもと、一斉に行うべきものなのか。</p>
<p>
■全国哀悼日の光景は、素直に感動的だったとは思うが、あの哀悼日にまだ、家族の生死が確認できず、生きていると信じたい人も大勢いた。あの日に家族が病院で亡くなって、心の整理がつかぬ人もいただろう。哀悼とは残された人の回復のために行うものだと考えれば、実は極めて個人差があり、デリケートなもので、政府の号令ではい、１，２，３、ブーとやって癒されるようなものではないのではないと思う。</p>
<p>
■しかも、その哀悼日に文句を言う人に対しては、「ネット紅衛兵」と呼ばれる若いネチズンらが、嬉々として「人肉調査（家の電話番号などプライバシーをネットでさらす）」といったつるし上げを行った。ならば、本気の哀悼の気持ちがない人も、哀悼するふりをせざるをえない。そうすると、感動的な全国民一斉の哀悼も、大躍進や文化大革命同様、党の逆らえぬ指導のもとの統一行動にすぎない、ということになる。</p>
<p>
■哀悼の形にはいろいろある。同じ倒壊学校の遺族らが集会して無くなった子供のことを語り合うことも、それを見知らぬ外国の記者に訴えることも、子供の死の責任を追及し明らかにすることも、重要な癒しであり、哀悼である。これを妨害するのは単なる言論の自由の問題ではなく、人道的問題であることを当局は知るべきだろう。</p>
<p>
■五輪開幕まで５０日に迫ったが、私個人には、国際的スポーツの祭典を迎えるハレの気分にはまだなれない。テレビ画面で見る限り、国内をめぐる聖火リレーは相変わらず「平和の祭典」という五輪精神を感じさせるものではなく、厳しい報道統制のもと中華民族の団結・融和とを前面にアピールし中国の虚栄心を満足させるだけの「中華民族大運動会」に見えてしまう。</p>
<p>
■一方、四川ではいまだ厳しい震災の現場がそこにあり、今でも入れ替わり立ち替わり外国のボランティアや復旧の専門家、研究者が入っては、現地で支援、交流を行っている。震災救援のほうが、五輪よりよっぽど、平和や友愛、国際協調を体現している気がした。それは、愛する人を失う痛み、死者を悼む気持ちが、世界共通だからだろう。</p>
<p>
■胡錦濤国家主席訪日のおりに、日中首脳が共同で発表した「戦略的互恵関係の包括的推進に関する日中共同声明」に盛り込まれた「国際社会がともに認める基本的かつ普遍的価値」というのは、一般に人道、人権と理解されているが、具体的にいえば、こういう哀悼のきもちなのだ、と改めて思う。</p>
<p>■北京のある日中関係筋によれば、「五輪が失敗すれば、国際協調を推し進めようという胡錦濤路線が失敗することとなり、中国で反国際主義的な愛国民族主義が反動で広がりかねない。そんな恐ろしい中国は見たくない」という。そういう意味では五輪の成功を心から願うのだが、今の五輪聖火リレーの盛り上げ方をみると、必ずしも国際協調路線にそったものだとは思えない。五輪が近づくにつれて報道統制、ネット統制は厳しくなり、民主活動家は捕まり、チベット騒乱にかかわった１０００人以上がいまだ拘束されている。</p>
<p>
■だから、五輪で中国が変わる、などというのはちょっと夢みすぎだった、と今は反省している。五輪は五輪で、このまま無難に開催すればいい。喪中だからちょっと控えめにね。だが、震災後のさまざまな動き、世論の変化をみると、震災こそ、中国と中国人は変わるきっかけになるかもしれない、と思いはじめている。</p>
<p>
■中国は震災復興について、学校倒壊問題など言論統制する一方で、昔の毛沢東路線風に、救援の解放軍らを英雄にしたて、美談で大衆の感動をよびながら、、「自力更生」を呼びかる宣伝を行っているが、今のやり方ではうまく行かないと、わたしは思う。あまりに不条理に命を落とした人が多く、失われた財産や家屋の権利や補償のにしろ、義援金の分配や使用方法にしろ、複雑で処理の難しい問題が多すぎる。言論統制を行っても、インターネットなどによる綻びが日々拡大するなか、昔のように強権を発動できる大物指導者も見あたらない。私は、スローガンで一部国民に無理や犠牲をしいて乗り切るというやり方はそろそろ限界だろう、と思っている。</p>
<p>
■復興は、「哀悼」という普遍的価値でまとまった国民が主動的に公民としての権利・私権を行使し義務と責任を負い、やはり人道という普遍的価値観で結ばれた国際社会の協力をあおいで、やっと可能になるのではないか。その過程で、中国がひた隠しにしてきた（でも隠れてはいないが）、政治と社会の構造のひずみや矛盾を、多少の激しい痛みを伴っても、修正してゆこうという力が生まれるのではないか。</p>
<p>
■日本人は、そのときにきっと中国と中国人を心から応援すると思う。少なくとも私は、そういう中国と中国人のために力になりたいと思っている。</p>
<p>
<img height="275" alt="" width="366" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/281952.jpg" /><br />
&uarr;死者のために祈る姿は、世界中どこも同じ。聚源中学の倒壊現場で。</p>
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		<title>被災地からもどってきて④感染症の恐怖？</title>
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		<pubDate>Thu, 12 Jun 2008 09:34:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[福島 香織]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[指定なし]]></category>
		<category><![CDATA[四川大地震]]></category>
		<category><![CDATA[感染症の恐怖]]></category>
		<category><![CDATA[被災地]]></category>
		<category><![CDATA[防疫]]></category>

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		<description><![CDATA[■お久しぶりです。北京で行われている日朝協議がどういう展開になるのか分からないので、ほかのアポが入らない福島です。こういうときは、さくっとブログでも更新するのがいい。というわけで、日本の読者の関心はすでに薄くなりつつある [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>■お久しぶりです。北京で行われている日朝協議がどういう展開になるのか分からないので、ほかのアポが入らない福島です。こういうときは、さくっとブログでも更新するのがいい。というわけで、日本の読者の関心はすでに薄くなりつつあるとはしりつつ、しつこく被災地報告です。きょうは四川大地震１カ月。犠牲者の方々に哀悼を。</p>
<p>
<strong><em><font size="3">■被災地にひそむ感染症の恐怖<br />
負傷者の１割がガスえそ～？<br />
四川省は疫病の宝庫なのだ</p>
<p></font></em></strong></p>
<p>■被災地から帰ってきて洗濯すると、黒いズボンに黄色い染みが点々ととれないでいる。よく見ると、それは染みではなく、消毒薬（塩素系漂白剤？）のしぶきかかったところの染料が抜けていたのだった。被災現場から出入りするたび、車も人もいやというほど消毒薬を浴びせられた。それほど、四川大地震では防疫に重点が置かれた。</p>
<p>
■被災現場にいるあいだ、WHOや上海パスツール研究所の方から、被災地の感染症の状況などの問い合わせがあったが、正直、その質問に十分答えられるだけの情報は現地でも入らなかった。感染症の広がり具合は、素人の私にはなかなか見えない。しかしながら、中国が何をおそれてかくまでに、防疫に敏感になっているかはおぼろげながらわかる。四川省はそれほど疫病の流行り安い土壌なのだ。今回エントリーは中国の感染症と防疫体制について、かるく説明したい。</p>
<p><font size="3"><strong><em><br />
</em></strong></font><font size="2">■大地震の防疫総指揮部が１２日に発表したところによると、震災後、被災地で大規模感染症の発生はなかった、ということだった。心配されていたのは水を介したコレラ、赤痢 、E型肝炎、人の密集する避難所でのインフルエンザ、はしか、虫を媒介とした熱病、脳炎、最後にネズミを媒介とするペストの流行だったが、いずれも患者がとくに増えたという報告はなかったという。とりあえず、信じてみよう。</p>
<p>
■指揮部では、これらの流行を防ぐために、これでもかこれでもか、というほど消毒薬をまいていた。雑誌財経によれば、１０万平方㌔㍍の被災地の防疫のために、十数万人の衛生・防疫対策員が出動したそうな。</p>
<p>
■成都から被災現場にいってもどろうとすると、道路に何カ所も関所がもうけられて、車のタイヤはもとより、車内のシート、マット、私や運転手の靴、衣服、鞄などにシュシュシュシュと消毒液を噴霧する。映秀鎮から成都までの間で、３カ所はある。</p>
<p>■被災地は、どこもかしこも消毒薬のにおいでくらくらするほど。被災地の農村のトイレにいくと、石灰で真っ白だった。農村部の被災地では遺体は瓦礫の下から掘り出されては、すぐに地面の下３㍍くらいの深さにうめて、上から石灰、土、消毒薬、石灰、土、消毒薬といったかっこうで厳重に埋めていた。</p>
<p>■北川など遺体が瓦礫の下に放置したままの場所は飛行機から消毒薬、殺虫剤を大量に投下して、防護服がなければ、人が倒れてしまうくらいの消毒・殺虫をほどこした。殺虫剤まくのはいいけど、水質汚染の原因にならないかしら、とちょっと心配。</p>
<p>■こういった努力でとりあえずは防疫作戦は成功（ほんとう？）している。だが、実はなにも感染症が発生していなかったか、というとそうではなくて、５月２７日に、衛生省の疾病予防コントロール局の斉小秋局長が、負傷者のガス壊疽感染がすでに３・５万人以上にのぼることを訴えていた。これは当時の負傷者数のざっと１割にあたるので、蔓延といってもいいかもしれない。</p>
<p>■いわゆるクロストリジウム性ガス壊疽というやつで、傷口に土が触れたことから、クロストリジウム属の嫌気性（空気がきらいだから土や泥のなかにいる）の複数の菌が傷口で増殖し、その菌の出す毒素で筋肉が壊疽になる。</p>
<p>■これは感染して最短６時間後に発症。すごい痛いらしい。皮膚は青銅色にかわり、腐敗臭のする体液が傷口からにじみでて、軟部組織にガスがたまる、そうだ。衛生省当局は、この３・５万人の感染者について適切な処置が施されている、と説明しているが、致死率がすごく高くいらしい（ショック死）。６月３日には衛生省は「ガス壊疽診療に関する意見書」を出し、「早期の診断、手術こそ、患者の四肢保全、そして命を救うポイント」と指示を出した。こういう指示が出るということは、今でも被災地の医療現場の多くが、適切な治療を行えていない、ということだろう。</p>
<p>■同時に、命を救うためには四肢切断など過酷な手術の決断を瞬時にせねばならず、現場医療関係者のプレッシャーはいかほどか。この地震後、命が救われても、四肢を失った被災者が増えるだろうけれど、彼らの生活がどういった形で保障されるか、ものすごく心配になった。</p>
<p>■衛生省によれば、治療方法は、まず傷口を洗う。ペニシリン投与が予防になる。一旦感染してしまうと、傷口を切り開いて、３％以上の酸素剤で洗浄する（この種の菌は熱や乾燥には強いが、嫌気性だから酸素を吹き付けると死ぬらしい？）。で、最終的には手術で、壊疽組織を切除しかない。</p>
<p>■そのほか、手術室は隔離しろとか、手術する医師は手にケガをしていたらだめだとか、必ず手袋しろとか、患者から医療者への感染防止にたいする注意も指示していた。</p>
<p>■嫌気性だから、普段の状況で感染する可能性は低いかもしれないが、被災地で転んだりして擦り傷負ったり、山によじ登って封鎖された被災地のぞいたりして、取材している記者はけっこう感染リスクたかかったのかも、と改めておもった。無知ほど強い者はないな。</p>
<p>
■さて、とりあえず地震後一ヶ月目は深刻なアウトブレークはなかったといえども、誰もホッとはできない。なぜなら、四川省あたり、つまり中国南西部は、もともと疫病の多い土地柄なのだ。湿気があり夏はむしぶろのように暑い。ウイルスや病原菌には絶好の繁殖場だ。だから、殺菌作用のある唐辛子を大量に食べる食習慣が根付いたらしい。</p>
<p>■今後、感染症として何を警戒すればよいのか。雑誌・財経の特集をクオートしつつ四川省の風土病からみた潜在的リスクを考えてみよう。</p>
<p>■まず、ネズミ類を媒介とするペスト。え、ペスト菌って中国にあるんですか？と驚く方がいらっしゃるかもしれないが、はっきりいって、ペストはチベット高原や四川省の山奥に元気でいる。今回の被災地である甘粛、青海、雲南、貴州などみなペスト発生の可能性がある地域だ。四川省甘孜州の石渠県は青海モグラによるペスト疫源地だ。徳格県はヒマラヤ・テンのペスト疫源地。０６年から０７年に、同州のハン枝花地区は農村の飼い犬の血液中からペストＦ１抗体の陽性反応が出たことがあるという。</p>
<p>■次ぎに炭疽菌。震源地?川県が位置する、アバ・チベット族チャン族自治州、甘孜チベット族自治区、涼山イ族自治州は炭疽菌が流行したことのある地域だ。炭疽菌は感染した動物の血液、糞尿、ミルク、病死の家畜の内臓、骨などから直接人に感染することも。</p>
<p>■そしてなんと言っても恐ろしいのは、水源汚染による感染。コレラ、チフス、感染性下痢、Ｅ型肝炎。特にＥ型肝炎は、一旦ブレークすると、流行時間は長く、有効な薬物治療がない。若い人がかかりやすく、妊婦の死亡率は高い。水源が糞便などに汚染されることで、流行が発生する可能性がある、という。</p>
<p>■このほか、家畜やねずみの糞尿が水質を汚染して感染が広がるレプトスピラ症や出血熱、水辺の蚊の大量発生が原因となりうるＢ型脳炎なども心配されている。レプトスピラ症は普通なら、風邪程度の症状だが、黄疸熱とか症状の激しいケースもあるから注意が必要だという。衛生省は５月１８日いペスト、コレラ、炭疽の三種類の伝染病に関しては対策案を発表しているが、ほかにもまだまだ、潜在リスクのある感染症が潜んでいるようだ。</p>
<p>
■そして、中国メディアも衛生省もあまり触れていないけれど、個人的にどうも気になってしかたないことがある。エンテロウイルスと新型インフルエンザである。正直、無知ゆえの取り越し苦労かもしれないが、安徽省やその周辺でびっくりする速度で広がったエンテロウイルスによる「手足口病」は、未だにほんとうに手足口病なのか、と思ってしまう。。</p>
<p>■ちなみに北京で手足口病は６月２日現在で８２８３人に広がり子供３人が死亡。じわじわと広がっている気がする。今感染拡大速度は若干おちているそうだが、一般に手足口病の季節は初夏から夏なので、これからがピークといってもいいだろう。病院機能がマヒしている被災地で、この致死率の高いエンテロ感染がはやり出すとやっかいなことになるのではないだろうか。避難テント村や仮設住宅で密集生活を送っている被災者の間だと、どんな予防・対策がとれるのだろうか？</p>
<p>■さらに、夏はそう心配ないかもしれないが、その後の秋・冬の季節はインフルエンザが心配だ。四川は盆地だから夏は蒸し暑いが、冬はさむいのだ。香港は今月にはいり鳥インフルエンザが発生して、中国への鶏肉輸出一時停止措置がとられているが、豪雪被害など異常気象の年は渡り鳥の運ぶ疫病がはやりやすいといわれている（渡り鳥がルートを変えるから？）。とにかく、今の中国は、とりあえず五輪を無事にやろう、と気をはっているが、五輪が終わったあとの冬、がたっと緊張感がぬけたときが本当は一番あぶないのだと思う。防疫は、一時的な強化ではなく、被災地の復興が完了するまでの息の長い計画やモニタリングが必用だと思われるし、隠蔽や見過ごしをなくすためにも、国際的な医療機関と積極的に情報交換しつつ対応に当たってほしいものだ。</p>
<p><img height="297" alt="" width="396" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/278043.jpg" /><br />
&uarr;こんなふうに、瓦礫を消毒。その下にはおそらく腐乱したご遺体が。（綿竹市漢旺鎮、６月２日撮影）</p>
<p><img height="384" alt="" width="288" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/278022.jpg" /><br />
&uarr;奇妙な恰好の防疫対策員をみつめる子供たち。いたるところで消毒やくが大量散布されている。（北川県雷鼓鎮）</p>
<p><img height="320" alt="" width="426" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/278053.jpg" /><br />
&uarr;封鎖された北川県城の入り口。「飛行機で薬をまいている」「車両、人は中に入れません」と看板がかかっている。しかし右側の山越えをすれば、実は中に入れるルートがあるらしい（地元の人談）ただ、すごい濃いブッシュなので、それなりの装備と時間が必用。福島途中で断念。夏のブッシュ漕ぎは大嫌いだ。<br />
</font></p>
]]></content:encoded>
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	</item>
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		<title>被災地からもどってきて③放射能汚染の恐怖？(続報あり)</title>
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		<pubDate>Fri, 06 Jun 2008 18:27:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[福島 香織]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[指定なし]]></category>
		<category><![CDATA[唐家山堰き止め湖]]></category>
		<category><![CDATA[四川大地震]]></category>
		<category><![CDATA[放射能汚染]]></category>

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		<description><![CDATA[■最近、福島さん、はげ（円形脱毛症）なおりましたか？と聞かれたが、白状すると被災地にいってからびっくりするほど髪が抜けた。最初はストレスかと思っていたのだが、ひょっとして放射能の影響？などと心配になってきている。というの [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>■最近、福島さん、はげ（円形脱毛症）なおりましたか？と聞かれたが、白状すると被災地にいってからびっくりするほど髪が抜けた。最初はストレスかと思っていたのだが、ひょっとして放射能の影響？などと心配になってきている。というのも、ある人が、核施設があるのは綿陽、広元あたりだが、南向きに風がふけば成都もあぶないよ、などと脅すのだ。東京本社には確か放射能探知機があるが、これを被災地に持ち込むと、どうなんだろう？ぴーぴーなりやまない？こんど東京から出張にくる方にはぜひ試していただきたい。</p>
<p>■さて、一般に、四川の山奥には核施設やら核廃棄物やら兵器類が一杯うまっている、今回の地震で被害は大丈夫か、といった懸念が海外の専門家らのあいだで流れているが、これについての公式情報はほとんどない。環境保護省が放射能汚染を心配して専門家を派遣したり、安全確保せよ、と檄を飛ばしている、とはいうものの、核施設のほとんどが軍に属するものだから、国務院はアンタッチャブルのはず。だから環境保護省が放射能汚染はない、と約束してくれても、今ひとつ安心できない。こういうとき、解放軍が国軍ではなくて、共産党軍であることの弊害がでるんだね。おまけに、中国メディアに対しても「核施設報道禁止」令がでているとなれば、不安ばかりがつのる。</p>
<p>
■私が唯一頼みにしているのは、おそらく中国の軍事施設の詳細を衛星かなにかで把握しているはずの米国の動向。アメリカさまが騒いでいない、なら大丈夫かな？成都には米総領事館もあるし、米国館員が一斉に脱出しているというウワサもないし。</p>
<p>■というわけで、今回は核汚染について、中国内外に流れている風聞をまとめてみよう。あくまで風聞。裏はとれない。とれたら、国家機密漏洩罪にとわれて国外退去だよ。</p>
<p><font size="3"><strong><em>■四川は核兵器が一杯<br />
堰き止め湖が決壊すれば広域放射能汚染も心配<br />
でも断層の上に核施設つくる軍って、自然をなめていない？</p>
<p></em></strong><font size="2">■地震による核汚染について、中国公式メディアが伝えたことを時系列にならべてみよう。<br />
①まず環境保護省が１３日までに、放射能汚染対策の専門家２１人のチームを被災地に派遣。四川省核安全監督ステーションに到着して、放射能による水質汚染の調査などを開始している。私は地震の救援の初動は遅かったとみるが、放射能汚染に対しては敏感に反応している。とっさに地震による被害そのものより、放射能汚染による二次災害の方が怖かった？</p>
<p>②１８日には軍総参謀部が記者会見し「軍の施設は軽微な損傷をうけたが、核施設は問題なし」と大本営発表。地震発生から軍の発表までに結構時間がかかっているし、おそらく本気で調査したのだろう。新華社も、核汚染の心配がないという政府公式見解を発表。</p>
<p>③２０日に環境保護省が、四川南西部に位置する民生用核施設が倒壊したことを公式に初めて認めた。このとき瓦礫に埋もれた放射性物質は３２個で３０個が回収ずみ、２個もまもなく回収できるから大丈夫だ、と主張。</font><br />
</font><br />
④２３日に環境保護省がまた会見。核施設倒壊により、５０個の放射性物質の安全上の問題がおき、３５個につちいては安全確保したが、１５個が未回収。うち１２個が倒壊建物の中にあり近づけず、３個が瓦礫の下にうもれている、という。放射能漏れはない、と一応いっているが、３日前と言っていることぜんぜん違うやん、大丈夫かよ、と被災者が不安に思ったことは間違いない。ちなみに環境保護省がタッチしている核施設はあくまで「民生用」となっているが、具体的に何かは不明。場所はセメント工場と、いわれているがセメント工場になぜ放射性物質？セメント生産過程にセシウムつかっているって（新京報）って本当？ちなみに軍の核施設についての情報は出ていない。</p>
<p>⑤北川県の唐家山堰き止め湖の決壊の危機が迫り、排水路をほって、水を流そうとしたら、その排水の通る道に１２機関・９９個の放射性物質があるとわかって、環境保護省おおあわて。３１日までに安全確保せよ、と檄を飛ばした。この９９個の核施設って何？唐家山の排水路から流れる排水が通る場所とは、山の斜面だが、山の斜面に埋まっている放射性物質って,なによ？ちなみに、大型クレーンを使わないとこの放射性物質の安全が確保できないので、手間取っているというから、けっこう大きいものらしい。</p>
<p>⑥中国新聞社５月３１日電によれば、?川県●（さんずいに旋）口鎮と震源地・映秀鎮の間にある地域で地震発生時、、地面から２０センチから５０㌢のコンクリート片が吹き出るような爆発があった、という目撃情報がよせられた。だいたい３分間くらい吹き出しつつけたという。<a href="http://www.chinanews.com.cn/sh/news/2008/05-31/1268504.shtml">http://www.chinanews.com.cn/sh/news/2008/05-31/1268504.shtml</a><br />
この情報について、?川県地下にある核施設の爆発？という風聞がながれている。ちなみに私が映秀にいったとき、この現場は大きな迂回道路によって見られなかった。</p>
<p>
■公式情報は以上くらいで、正直、目をつぶって象をなでるような感じで、被災地の核施設や放射能汚染が本当に本当に大丈夫なのか、さっぱりわからない。そういうところへ、中国の核開発に携わったことのある物理学者で今は、米国に逃げて魏京生基金会の事務局長をやっている黄慈萍氏のちょっと怖い寄稿があった。これは大紀元というネット・メディアに寄せられていた。大紀元や聖教新聞など政治色の強いメディアは、新聞じゃクオートできないが、このブログは、ゴシップ・ニュースエンターテインメントだから、あえて紹介する。</p>
<p>
■黄氏の指摘。<br />
①中国共産党に核の安全を確保できる適切な能力はない。<br />
②中国核工業建設集団公司では施工現場で６人が死亡。ただし放射能もれはないと発表。<br />
③プルトニウム核弾頭を製造する８２１工場（広元市）は甚大な被害をうけ、６人死亡、１１人負傷。救助隊は放射能をおそれず、核工場の強固工事をおこない、核汚染防止に貢献したと、中国メディアは報道。しかし、救助隊が放射能の恐ろしさを認識していたか不明。</p>
<p>■黄氏は、中国四川省の核施設について、つぎのように説明した。<br />
毛沢東は６０年代、第三次世界大戦が核戦争になると想定し、銃後をまもる西南部の山岳地帯に主要軍事施設を移転。その主なものは以下の通り。</p>
<p>①綿陽市<br />
核研究施設（通称２機部）宇宙開発（７機部）兵器工業企業（５機部）</p>
<p>②地震後、李幹傑・環境保護次官（前国家核安全局長）が視察した核施設<br />
中国核動力研究設計院（通称９０９所、峨眉山市<font face="ＭＳ 明朝" size="2">夾江県</font>）</p>
<p>中国工程物理研究院（＝核兵器研究基地、通称９０２所、）</p>
<p>楽山核分裂研究院（通称５８５所、楽山市）</p>
<p>８２１工場（プルトニウム核弾頭製造工場、広元市）</p>
<p>白竜江核基地（中国最大の核反応炉製造基地、プルトニウム主要生産メーカー、従業員３万人、甘粛省白竜江）</p>
<p>２２１工場（中国最初の原子爆弾を開発した中国初の核兵器研究基地、綿陽市）</p>
<p>５２５工場（峨眉山市）</p>
<p>８１４工場（中国三番目の原子力製造工場で重水工場でもある、従業員４万人。福島注：場所はたぶん成都市温江区）</p>
<p>８１６工場（<font size="2">?陵核燃料工場、核弾頭を製造、昔の建峰化工、今の住所は</font>重慶市<font size="2">?陵区</font>）</p>
<p>８５７工場（中性子爆弾を製造、江油市）</p>
<p>四川宇宙開発技術研究院（<font face="ＭＳ 明朝" size="2">中国</font><font face="ＭＳ 明朝" size="2">宇宙</font><font face="ＭＳ 明朝" size="2">開発科学技術集団公司所属、</font>宇宙開発製品、兵器開発生産基地）</p>
<p><font face="ＭＳ 明朝" size="2">総装備部</font><font face="ＭＳ 明朝" size="2">中国</font><font size="2"><font face="ＭＳ 明朝">空気動力発展・研究センター（本部綿陽市、研究所は安県各地に分散）</font></p>
<p>■しかも７日になって、香港を拠点にする中国人権民主化運動情報センターがこんなことを報じた。</p>
<p>■①堰止め湖決壊の危険性で緊迫している四川省綿陽市北川県の唐家山地区に中国で最も重要な核研究施設および空軍施設が集中しており、それら５０施設のうち２０の設備移転が完了していない。</p>
<p>②それが理由で唐家山堰き止め湖の排水作業が遅れている。このまま唐家山堰き止め湖の排水が行われば、この地域に埋められている<strong>過去４０年分にわたる大量の核廃棄物や危険な軍事化学工業原料が地下水にしみて広域核汚染あるいは化学汚染が引き起こされる可能性があるという</strong>。</p>
<p>③この堰止め湖決壊による水没範囲に中国最大の核研究所「中国工程物理研究所」のほか、核工業の８３９基地、核工業建設集団24建設公司総本部、中性子爆弾製造の８５７工場、核弾頭貯蔵庫、解放軍の空気動力発展研究センターもある。</p>
<p>④北川県に隣接する安県は解放軍の最先端技術研究所４３カ所が集中し、軍最大の風洞実験施設群もあるという。この風洞実験施設は空軍の空中予警機をふくむすべての最新鋭機種の研究開発、実験を行っている。もっか、軍２万の兵士が安県一帯で、軍事研究所施設の移転や保護工作をおこなっているという。</p>
<p>⑤環境保護省は唐家山堰き止め湖の排水にからみ、排水の通り道にある１２施設の９９個の放射性物質の安全確保を指示しているが、これらは民生用のセメント工場。本当は、公表されていない軍事施設の放射線源の方が問題で、これらは民生用の数万倍、数十万倍の強さ。</p>
<p>⑥ついでにいうと、堰き止め湖の水が流れる地域の化学工場には大量の廃棄化学物が埋め立てられており、安県だけでもその量は１０万㌧にのぼり、水につかれば広域土壌汚染を引き起こす可能性もある。</p>
<p>
</font>■えーっ？こんなにあるのか。しかも、ぜんぜん安全確保できていないもよう？断層に沿ってわざと核施設をつくっているみたいだ。地震が起こりうる断層の上に、核施設つくる軍って、何かんがえているのか？こういう危険、まったく想定していないかったのか？</p>
<p><a href="http://hi.baidu.com/0916wy/album/item/280a67cf5bbeed29f8dc61a1.html">http://hi.baidu.com/0916wy/album/item/280a67cf5bbeed29f8dc61a1.html</a><br />
竜門山断層の図&uarr;</p>
<p>■この素朴な疑問に、ある地震学者はこう答えていた。竜門山断層帯の主要活動期間は２億年前から６５００万年前で、多くの学者たちは、すでに活動を休止した〝死んだ断層〟だと思っていた、と。断層の周辺にばかすか核施設を作った軍も、まさかまさか２億年前の断層がいきなり動くとは思っていなかった、ということだ。</p>
<p>■今回の地震のメカニズムについて、ここで簡単に触れておこう。東京大学地震研究所の纐纈 一起教授に西南交通大学のシンポジウムの席で教えてもらった。</p>
<p>■今回の地震は逆断層タイプ（青藏高原がのっているインドプレートが四川盆地ののっているユーラシアプレートがぶつかり乗り上げる形でおきる）地震。一般に内陸部の大きな地震は断層の横ずれによるものが多く、今回の地震は逆断層タイプでは世界最大なのだという。</p>
<p>■国際指標のモーメント・マグにチュードは７・９（中国地震局の発表はM８・０）。断層のずれ幅は１０㍍から３㍍で動いた断層の長さは２５０㌔、ずれた断層面積は１万平方㌔、だそうだ。これは阪神大震災の３０倍のエネルギーを放出したことになり、阪神大震災の死者が６４３０数人、とすると、今回の地震の死者が万単位になるのは有る意味致し方ない、そうだ。ちなみに、青藏高原ののっているインドプレートと、ユーラシアプレートは地殻の厚さが違うなどで、揺れの伝わり方がずいぶん違い、ユーラシアプレート側は台北でもM２・７の揺れが観測されているのに対し、青藏高原側はあまりゆれが広がらず、被害も大きくない。</p>
<p>■同じシンポジウムで、李天斌・成都理工大学教授は今回の地震を起こした竜門山断層について、過去数百年の間に、M７以上の地震を起こした記録がない、とはなしていた。過去最高でもM６・５。だからこそ、たまりにたまったエネルギーが大爆発したのだ、と。</p>
<p>■竜門山断層は３本の平行した断層から構成されており、震源地の?川県映秀鎮と北川県をとおる竜門山中央断層が動き　連動して綿竹とか安県を通る南側の断層が動いた、といわれている。しかし、別の断層の上の青川も被害がおおきかった。特に青川は大きな余震もあった。</p>
<p>■被害の大きかった映秀鎮、北川県、綿竹、青川はいずれも断層の真上なのだ。北川県は、断層の真上なので、そんな危ない同じ場所に町を再建できない、だから県城は移転する、という話もある。李教授は北川が、最も被害がひどい（有る意味、震源地よりひどい）その理由については、地質上の問題があるのではないか、原因を究明しないといけない、とはなしていた。また、被災状況の把握が非常に遅かった、地震局はまる２日間、実態を把握できていなかった。もっとマクロ的に被災状況を把握する技術が必用だ、というようなことも指摘していた。</p>
<p>■こういった専門家の方々の説明をきいて、素人ととして、ふときになったことがある。今回の地震というのは、誰もがおきるはずがない、と思っていた場所でおきたこと。?川県映秀鎮にしろ、北川県にしろ、軍の施設が集中している地域であったこと。特に北川県の被害はひどくて、同じ場所に町が再建できないらしいこと。でも、震源地の映秀鎮は５年かけて同じ場所に町を再建する予定だということ。</p>
<p>
■ひょっとすると、山をくりぬいて核施設とかつくったりしたことが断層になんらかの影響を与えて、休止していた断層が突然動いたりしたんじゃない？とか、北川県などの被害は、実は地震だけでなくて、地下基地かなんかが爆発したんじゃない？とか。地震の被害が２日間、把握できなかったって、これは、軍がなにか隠蔽しようとしたんじゃない？とか。放射能汚染されているから、同じ場所に町を再建できないんじゃない？とか。そういう、根拠のない想像が、情報が十分公開されていないと、どんどん広がるね。</p>
<p>■地震後、四川大学のある女子大生と、雑談をする機会があった。彼女は地震発生当初、市内から離れた学校の寮にいた。「そのとき、地震がおきる、なんて発想はなかった。がたがたと揺れたとき、テロだ、と思った。つぎに戦争だ、と思った。地震だとしって、むしろほっとした」。やがて、彼女は地震の被害のあまりの大きさに愕然とする。<br />
人間の起こすテロや戦争より、地震の被害の方が苛烈だったのである。</p>
<p>■日本人は昔から怖いものは、地震雷火事、親父という。海辺で育った母などはこれに台風津波が加わる。大地がゆれて、とっさにテロや戦争と思う日本人はむしろ少ないだろう。でも中国では地震発生当初、米軍の新兵器、なんていうデマもネット上で流れたくらいだから、やはりまず、戦争やテロの恐怖の方が身近なのだ。</p>
<p>■でも、テロや戦争は、人類の英知と外交努力で防ぐことができる。地震は、人間には防げない。これは大地の怒り、大自然の怒りなのだ。今回の地震で、中国の人たちは、テロや戦争より恐ろしい地震、人類ごときの英知では決して防ぎきれない自然の力、怒りというものをひしひしと思いしることができたのではないだろうか。山をくりぬき、核施設をつくり、使い切れないほどの核兵器を作ることの愚を（しかもいざ問題が発生したら、しっかり素早く安全が確保できる能力もないのに）、このさい国民もちょこっと考えてみれば、いいのではないだろうか。</p>
<p>■そして、五輪開幕式当日の天気すら思い通りに操ろうとする自然にたいする侮りを、今いちど内省してみるときではないか、とも思う。また、よけいなお世話、といわれそうだが。</p>
<p>
<img height="221" alt="" width="294" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/274790.jpg" /><br />
&uarr;地震後に被災地（小魚洞村）の鶏が生んだ卵（右）は、なぜか５倍の大きさ。これは放射能の影響？生まれてくるのはゴジラか！</p>
<p><img height="302" alt="" width="402" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/274768.jpg" /><br />
映秀鎮に向かう途中、完全に寸断した道路。</p>
<p>
<img height="216" alt="" width="288" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/274773.jpg" /><br />
そのくずれた高架道路を取り壊すために、ダイナマイトをしかけています。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>被災地からもどってきて②被災地のもの食う人々の強さ</title>
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		<pubDate>Thu, 05 Jun 2008 01:46:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[福島 香織]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[指定なし]]></category>
		<category><![CDATA[もの食う人々]]></category>
		<category><![CDATA[四川大地震]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://kaori.kuron.jp/wp/%e8%a2%ab%e7%81%bd%e5%9c%b0%e3%81%8b%e3%82%89%e3%82%82%e3%81%a9%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%8d%e3%81%a6%e2%91%a1%e8%a2%ab%e7%81%bd%e5%9c%b0%e3%81%ae%e3%82%82%e3%81%ae%e9%a3%9f%e3%81%86%e4%ba%ba%e3%80%85/</guid>
		<description><![CDATA[■被災地取材で、取材対象を選ぶとき、ものを食っているひとを捜す。別にご飯を分けてもらおうという魂胆があるのではなく、この被災の過酷の状況下でものを食える人は生きるパワーをもっている人だからだ。ものが食べられないほど、心理 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>■被災地取材で、取材対象を選ぶとき、ものを食っているひとを捜す。別にご飯を分けてもらおうという魂胆があるのではなく、この被災の過酷の状況下でものを食える人は生きるパワーをもっている人だからだ。ものが食べられないほど、心理的ショックを受けている人を取材して、うっかり傷つけたりして、PTSD（心的外傷後ストレス障害）がひどくなったりしたら大ごとだろう。特に子供を取材するときは、ぱくぱく元気よくものを食べている子を選ぶのだ。</p>
<p>■そうやって被災地のもの食う人々を取材していると、気づいたことがある。中国の被災者は本当に元気にうまそうにごはんを食べているのだ。さすが挨拶が「ごはんたべた？（チーファンラマ？）」というような、「民以食為天」の国だ。</p>
<p>■そして、必ずいくらこちらがことわっても、食べろ食べろといって、はなしてくれない。本当に、断り続けると、「きたなくないよ」と不機嫌そうになるものだから、結局いただいてしまう。そして、つくづく、この人らは強い、生命力が段違いだ、と思うのだ。被災者からメシをめぐんでもらうけしからん記者と思われるかもしれないが、一緒にご飯を食べて初めてわかることもいっぱいある。こちらも、次に訪れるときは新鮮な果物とかを差し入れるようにはしているし、許してもらおう。</p>
<p>
■というわけで、被災地のもの食う人々を写真で紹介したい。</p>
<p><img height="390" alt="" width="293" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273640.jpg" /></p>
<p>&uarr;綿陽市の九洲体育館の炊き出し。ご飯の上に、豆腐と肉と青椒の甘辛いためがかかっている。彼女は北川県雷鼓鎮から避難。「味は相当いい、でも肉が三切れしかはいっていないのよね。まあ人数がおおいからしかたないか」といっていた。昼と夕に炊きだしは行われ、被災者は器を持って並んでいる。１日３食のうち、２回がインスタントラーメンと牛乳（食い合わせわるそう！）。一時２万８０００人がくらしていた九洲体育館は、３１日には７０００人にまで減っており、食生活は比較的充実している。</p>
<p><img height="234" alt="" width="312" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273657.jpg" /><br />
&uarr;カメラをむけても、いやがらずに取材に応じてくれる被災者のひとびと。避難所生活は「満足している」といっていた。人の暮らしの強烈な匂いが充満し、プライバシーゼロの雑魚寝の避難所生活にも、へこたれずに、おいしそうにもの食う被災者。根本的に（阪神大震災時の日本人被災者と）生きる強さが段違いだと思った。今回の被災者はほとんどが、鎮（農村部）出身の人。阪神大震災は都市型震災だったから、その違いもあるかもしれない。</p>
<p>■同じ日、綿陽市の九洲体育館の敷地内のテント村では、北川県から避難してきたチャン族の家族が、たらい一杯のベーコンに舌鼓をうっていたのをみかけた。<br />
■<img height="257" alt="" width="342" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273866.jpg" /><br />
■ほら、震災後はじめてのまともな肉よ。あんたも食べなさい！と箸で私の口元に肉をもってゆく被災者。当然、この肉を食べた。うまかった。<br />
■<img height="372" alt="" width="279" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273867.jpg" /><br />
■この家族は１２人の大家族。サオサオ（兄嫁）が生き埋めになって亡くなった。家はつぶれ、写真の彼女が経営するお店（個体戸）もつぶれ、そのあと商品がぜんぶ火事場泥棒にもっていかれて一文無しだ。しかし、彼女の母親がふと思い出したのだ。壊れた家には確か、去年暮れに作ったベーコン（四川ラーロウ）があるはず！母親はひとり、被災地にもどり、瓦礫の中からそのベーコンを探し出して、家族のために持って帰った。それが、このたらい一杯のベーコンだった。「お母さんはすごい！」と家族全員が大喜びでその肉をもりもり食べる様子を、お母さんは少し離れたところの椅子に座ってうれしそうに眺めていた。食に執着する人のたくましさ、そして母親の家族を思う愛と強さを、感じたエピソードだった。</p>
<p>
■山間部・震源地の映秀鎮（２８日）では、支援が遅れがちだときいていたのに、避難テント村の近くのやまもりのベーコンにびっくりした。</p>
<p><img height="221" alt="" width="294" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273852.jpg" /><br />
&uarr;ベーコン（四川ラーロウ）ってこんなふうにして作るんだ。下には薪の燃えかすがかすかににおっていた。できあがったベーコンはテント近くのテーブルに山積みになっていた。</p>
<p>&darr;ベーコンになる前のブタさん。この後の屠殺の一部始終をみて食べたベーコンの味は、なんともいえなかった。<br />
<img height="243" alt="" width="324" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273641.jpg" /><br />
いや～殺さないで～と悲鳴をあげるブタ。このあと首を切って、血をだし、あっという間に解体してゆく。軍の人はもともと農村の子弟だから、ブタの処理もおてのもの。みょうに活気があるブタの殺戮は、私には震災で破壊された人々の暮らしの再生にむけた生贄のようにも感じた。おいしく食べて被災者の明日を生きる力となるのだから、成仏してくれ！</p>
<p>■映秀鎮は中心部は発電所とかコンクリート工場への通勤族（上班族）が暮らすが周辺の村は基本的に農村で、農業を営みながら各家庭で２、３頭のブタを飼っている。ところが地震で豚舎は壊滅。逃げたブタが野良ブタとなっている。野良ブタは、蚊を媒介に脳炎などの感染症のもとになるし、つかまえても、餌がないので（人間への救援物資ですらなかなか運び込めない山奥、どうしてブタの飼料まで手がまわろうか）、飢え死にする運命。だから、みんなで処理してくってしまおう、というわけだ。ベーコンづくりは普通一年に一度、年の暮れにする。農家の財産である大事なブタをこれだけ一気に処理せねばならないのは、農民にとっては辛いことではあるのだが。</p>
<p><img height="288" alt="" width="216" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273839.jpg" /></p>
<p>■記者さんも、食べていきんしゃい（四川弁）と強引にいわれて、一緒にかこんだ食卓。もともと四川ラーロウ（ベーコン）は好物だし。白いご飯、じゃがいもにこみ、ベーコンと青椒のいためもの。おいしかった。この家庭は、おくさんがチャン族（蔡興碧さん）、だんなさんが漢族。</p>
<p>■このあと、食事のお礼に、彼らのために、失った財産目録というのを書いてあげた。<br />
チャン族のおばさん（鄧貴英さん５９歳）「あんた、字かける？」<br />
私「まあ、一応」<br />
おばさん「私の四川弁ききとれる？」<br />
私「がんばれば、なんとか」<br />
おばさん「じゃあ、この紙に私のいうこと書いて」</p>
<p>■そういっておばさんは、「レンガ木造構造の母屋７０平方㍍、台所３０平方㍍、豚舎３０平方㍍、冷蔵庫一個、テレビ一個、固定電話１個、携帯電話１個」と自分たちが失った財産を数え上げた。私は、それを書き留める。「数字は大写（漢字）で書いてね」とか妙な注文もつけられた。書きながら、失ったと嘆く財産はこれだけか、やはり貧しいなあ、と思っていた。書き上がった目録をみて、おばさんは満足そうに笑った。</p>
<p>
■ちなみに年収は３０００～４０００元くらいだという。被災者はみな平等に政府から１日あたり１０元の補助金と１キン（５００㌘）の食糧が震災後３カ月間、配給されるが、年収とくらべると、むしろ震災補助の方がよかったりする。</p>
<p>私「家族は大丈夫だった？」<br />
おばさん「うちは大家族でね、２人の息子、２人の嫁、そして孫たち全部で１０人、ひとりも欠けなかったよ。でも長男の嫁は右足と右腕をなくしたけれどね」</p>
<p>■嫁がそんなおおケガしたなら、普通はけしって大丈夫とはいえないのだろうけれど、このくらい悲惨な震災だと、おもわず、「それは幸運でしたね」と相づちをうってしまう。<br />
鄧おばさんの旦那さん（漢族）の馬道和さん（６２）と五輪についてどう思う？という話をすると、「五輪があるから、世界が私たち被災者に関心をもってくれる。あなたがたがこんなところまで取材にきてくれる」と言っていた。五輪については、被災者と話しをするたびに尋ねたが、こんな大変なときに五輪みたいなお祭り騒ぎ、けしからん、という人は意外に少なくて、「震災と関係ない」という人と、「五輪があるから、被災者がいっそう注目される」と肯定的にみる意見と２通りにわかれていた。</p>
<p>■映秀鎮の避難テント村で、麺をうつおばあさん。被災しても日常がある。生き残った人は、せめておいしいものでも食べて生き抜かねばならない。&darr;<br />
<img height="234" alt="" width="312" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273891.jpg" /></p>
<p>■省都・成都に近い被災地・都江堰の避難テント村の食はどうだろう？<br />
<img height="330" alt="" width="248" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273892.jpg" /><br />
この避難テント村は、政府の炊き出しではなく、コンロを提供して被災者が自分たちでこはんを作っていた。政府は被災者の補助を金だけでなく、５００㌘の食糧という現物支給で行っているが、これは被災中でもご飯を自分でつくりたい、食にうるさい中国人の要求に合致しているわけだ。震災から２０日くらいで、ここまで生活のリズムを取り戻す中国の被災者は実にタフである。（写真は６月１日の昼前）</p>
<p>■コンロは共有なので沢山料理がつくれない。それで複数の家族がおかずをもちよって一緒にたべていた。（５月３０日）。そのときであった家族らを写真にとろうとしたら、主婦で会社員の雷さん（３６）に「取材するより食べなさい！」と食事に巻き込まれ、一緒に食べることに。（でも写真撮影は拒否された。）６、７品（回鍋肉、青椒甘辛いため、ベーコンと野菜いため、ジャガイモ煮込み、ウサギ肉四川風味、豚肉の唐辛子いため、カモの水かき、鶏の爪&hellip;など）の料理がならぶ豪華な食卓だった。</p>
<p>■とくに、ウサギ肉の四川風味やカモの水かき、鶏の爪は珍味で貴重なものだった。これは成都からくる知人、親戚の差し入れだそうだ。冷蔵庫のような便利なものがないので、ごちそうを差しいれられたら、けちらず、ご近所みんなでその日のうちに平らげる。都江堰も、観光都市だけれど、あるいみ田舎なので、こういう昔の日本にもあった気前のよさやご近所づきあいが、しっかり根付いていた。</p>
<p>■ここでみんな、おおいに食い、震災のことを話し、生きていることを喜びあっていた。笑い声もあがった。「家族は無事だったけれど、家はたおれて、勤め先もつぶれている。だからこそ、ちょっとくらいおいしいもの食べたっていいじゃない？私たちは、困難な生活とこれからも向き合っていかなくちゃならないのよ。さ、たべよう！」。雷さんはそんな風にいって、ウサギ肉にかぶりついていた。</p>
<p><img height="284" alt="" width="378" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273898.jpg" /><br />
&uarr;被災地でも、食事時は楽しそう。（６月１日）</p>
<p>■都江堰の仮設住宅のごはんは、食堂がつくる給食だった。私が取材した当時（５月２４日）は、給食は無料だが、市の方針としては、いずれは食費を徴収するそうだ。家族水入らずで仮設住宅におちついたのがうれしいのか、お母さんはちょっと涙ぐんだ笑顔だった。この日のおかずは３品。四川風味の肉入りやさいいため。野菜のあえもの。卵と野菜の炒め物とごはん。女の子の名前は申光亜ちゃん（１０）「ごはんおいしいよ！」と笑顔をみせてくれた。&darr;</p>
<p><img height="297" alt="" width="396" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273908.jpg" /></p>
<p>■都江堰市のような成都が近い地域の食生活は充実していたが、僻地は食糧が十分行き渡っていないところもあるようだ。北川県から避難してきたのチャン族の避難所（安県）の食事は貧しかった。</p>
<p><img height="300" alt="" width="225" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273909.jpg" /><br />
■配給は薄おかゆだけ。大勢がならんで、最後の方の人は足りなくなることもあった。中年の男のひとが洗面器に一杯おかゆをいれようとして、漢族の係員から子供のように怒られる場面も。チャン族の少年（１６）が、「僕らチャン族はきっと支援を後回しにされている。漢族の方が被災者が多いのだから仕方ないけれど」と言っていた。一部の被災者の中には不公平感があるようだ。彼の家は危険な堰き止め湖のある唐家山の付近の山の斜面にある村で、地震で全滅、そのあと堰き止め湖に沈んでしまった。彼のおばあさんは「故郷にはもうかえれない」とうなだれていた。</p>
<p>■ただし、ここの管理をしている程波氏（綿陽市人民検察院幹部、漢族）は「ここのテント村の条件はけっしていいいとはいえないが、肉も野菜もそのうち来る。われわれはチャン族のために奉仕している」と主張していた。外国が支援できることは？と尋ねると「CNNみたいな偏見報道をしないこと。中国をよく理解し、公平に対応してくれることが一番の助けだ」と言っていた。ちなみに彼の奥さんはチベット族で「外国のチベット問題に関する報道はウソだといっている」そうだ。しかし、ここで、CNN問題を引き合いに出してくるとはね。</p>
<p>■広元市青川には行っていないが、あのあたりも物資が不足し、避難所に肉が届いていない、と同僚から聞いた。（今はもう少し条件がよくなっているかもしれないが。）食の問題は地域差がずいぶんあったろうと思われる。</p>
<p>■５月１８日、北京から成都にとび、都江堰の被災地入りしたとき初めてたべた被災地の食べ物は、被災者の袁芬さんから分けてもらったひとかけらのビスケットだった。このとき私はお礼に彼女の息子（１０歳）に、北京からもってきた日本のお菓子（雲竜という関西の竿菓子、母親がときどき日本からこういう嗜好品を送ってくれる。私は主に中国人の友人や取材先へのおみやげにする）をあげた。彼はそれを母親の袁さんに渡すと、袁さんは「あとでおばあちゃんと食べようね」といって、だいじそうにテントの中にしいている布団の下にしまった。その夜、彼女のテントで一晩過ごし、翌朝、２人で食べた朝ご飯は、配給のインスタントラーメンだった。お湯もなかったので、ばりばり生でかじった。</p>
<p>■ラーメンをかじりながら、袁さんはこういう。「インスタントラーメンを発明したのは、日本人だってね。日本人に感謝するわ」。けっしてうまくはない生のインスタントラーメンを、おいしそうにかじる彼女をみて、食べることって、そのまま生きることなんだ、とつくづく思った。</p>
<p>
■被災地から帰ってきた今も、凄惨な被災跡地で懸命にもの食う人たちのことを考える。すると、私もダイエットなんてばかばかしくなって、しっかり食べよう。しっかり食べて明日のことを考えよう、という気分になってくる。</p>
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		<title>被災地からもどってきて①学者の良心、記者の良心</title>
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		<pubDate>Wed, 04 Jun 2008 15:32:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[福島 香織]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[指定なし]]></category>
		<category><![CDATA[四川大地震]]></category>
		<category><![CDATA[復旧]]></category>
		<category><![CDATA[復興]]></category>
		<category><![CDATA[濱田政則]]></category>

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		<description><![CDATA[■四川大地震現場からきのう戻ってきました。朝の飛行機が、北京の雷雨のせいでとばず、午後の飛行機になったり、今朝になっていきなり６月末に、マンションから出て行け（五輪期間中は別の客に貸す契約をすでにしたので）といわれて、押 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>■四川大地震現場からきのう戻ってきました。朝の飛行機が、北京の雷雨のせいでとばず、午後の飛行機になったり、今朝になっていきなり６月末に、マンションから出て行け（五輪期間中は別の客に貸す契約をすでにしたので）といわれて、押し問答したりして、地震現場とは種類の違う忙しさにおわれています。</p>
<p>■しかし、今回の大地震は中国にとって世紀の大災害、価値観のひっくりかえる大事件だと思うので、やはりしばらくは地震関連のエントリーを続けていきたいと思います。（もちろん、チベット問題も忘れたわけではありません）</p>
<p>
<strong><font size="3"><em>■学者の良心、<br />
濱田政則・早稲田大学教授の話<br />
地震学は被災地に役立つか？</em><br />
</font></strong></p>
<p>■被災地現地取材中、日本の地震工学学会次期会長で元土木学会会長の濱田政則・早稲田大学教授にお話をうかがう機会があった。５月２８日から６月１日にかけて濱田教授を団長に日本の土木、地震工学、地震学、建築学、地盤など５学会の専門家チームが被災地を訪れ、復旧、復興にむけた技術支援を行いたいと、四川省の専門家らとともに現地を視察、意見・情報交換をして、３１日にシンポジウムを開いたのだが、それを取材にいったのだった。</p>
<p><img height="239" alt="" width="318" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273648.jpg" /><br />
&uarr;そのシンポジウムの様子。中国側からは、余震の分布や被災状況が紹介され、日本からは被災建物診断だとか、高速道路と地滑りの復旧作業の技術的な情報が紹介された。</p>
<p>■日本は阪神大震災を経験して以降、復旧・復興、そして防災技術、知見については蓄積がある。それをぜひ現地に提供したい、として、濱田教授らはいちはやく、四川大地震復旧技術支援連絡会議というのを設立した。日本の地震・土木学者が震災直後にこういったアクションを起こすのは初めてだそうだ。</p>
<p>■とりあえず、濱田教授が直接交流のある西南交通大学がカウンターパートになって今回のシンポジウムは行われたが、将来的には、日中の研究者の英知を結集して、四川大地震の復旧に貢献できるような形に発展できないか、中国政府や四川省政府がつくる復興委員会にアドバイザーとして関われないか、と模索中という。</p>
<p>■このとき、濱田教授のことばに考えさせられた。文言どおりではないが、だいたい以下の意味のことをおっしゃった。</p>
<p>「私は、イランの大地震のときも、インドネシアの津波災害のときも、災害発生のほとんどすぐ後に現場にいきました。そして現場を見るたびに心を痛める。人類は何度も大災害を経験してきているのに、どうして被害が防げないのか。いったい研究者は何を研究してきているのか。研究してきたことが、被災者を救うことにつながっていないなら、研究は何のためにあるのか」</p>
<p>■「研究者は災害発生後、調査と称して現場にいって、壊れた家屋の写真をぱちぱちとって、帰って論文を書く。しかし、それを被災者の人たちはどういう思いでみるか。そんな調査や研究で被災地を救えない。だから、今回私は、研究者らに、くだらない調査より先に、技術者として被災地を救うことをやろう、とよびかけた」。で、四川大地震復旧技術支援連絡会議の設立、というわけだ。（ちなみに、すべての研究がくだらない、という意味ではなく、「くだらない調査」がある、というニュアンスであることを、補足していました）</p>
<p>■濱田教授のおっしゃったことは、研究者、技術者の良心に問いかける言葉だったと思う。今回の四川大地震は世紀の大災害の現場、地震学者らにとっては、最高の研究材料であり、学者なら誰もが調査に飛んでいきたい、というのが本音だろう。しかし、研究とは何のための研究か。論文を書いて学者としての名を高めるのが研究の目的なのか、そのあたりを考えねばならない、ということだ。</p>
<p>■そして、同じことが、記者にも言える。何十年かに一度の現場、被災地に一番のりしたい。雑誌の見開き頁をかざる、あるいは新聞の一面をかざる衝撃的な世紀の写真を撮ったり、ルポを書きたい。というのは記者として、当たり前の欲望だろう。だが、何のための報道か、ということを改めて問えば、災害報道ほど目的がはっきりしているものはない。人の命を救うこと、被災者の助けになること、だ。この目的にかなわない災害報道はあってはならない。たとえば、救助の妨げになる報道など。</p>
<p>■阪神大震災のとき。取材ヘリの音が、瓦礫の下の助けを呼ぶ声をかき消す問題があった。取材にいって「何をしにきた」「取材よりボランティアしろ」と怒鳴られた経験は私だけではないだろう。地震の恐怖を子供に繰り返し言わせて泣かせるインタビュアーだとかの問題もあった。阪神大震災の数年後、ふと気づくと何人かの知っている記者が記者家業をやめていた。その理由に、命を救う手助けもせずに、救われない命の取材をしなければならなかったことへの自責を言う人もいた。</p>
<p>■阪神大震災のとき私は大阪本社文化部所属で、地震発生当初の興奮状態の取材より、その後のマンション復興のプロセスや、孤独死の問題、心のケアの問題など長期的な定点観測取材の時期が長かった。だから当初、「何しにきた」と胸ぐらをつかんで怒っていた被災者も、あとになると、記者の取材の訪問をむしろ心待ちにするようになって、結構なかよくなった。みんな、時間がたつと、メディアが関心を失い、あまり報道されなくなって、世間から置き去りにされることを恐れるようになって、「あんたは、いつまでも来てくれる」などといってもらった。だから、私はやめた記者のように震災取材が心の傷にならなかったのだと思う。</p>
<p>■きょう、阪神大震災遺児らのケアハウス「神戸レインボーハウス」の岡崎祐吉さんから連絡をいただいて、私が記事で紹介した成都医学院の陳孜さんと震災遺児（といってももう大学生くらいにはなっているが）と、陳さんのところでケアを受けている子供たちが交流できないか模索している、ということであった。陳さんとすでに連絡を取り合っているそうで、７月にはそういう交流が可能になるかもしれない、という。「成都にレインボーハウスをつくりたい」ともいう。</p>
<p>■この話をきいて、７月か、取材したいけれど、ほとんどの日本メディアは現場から撤収しているだろうなあ、すでにメディアの関心は五輪にうつってしまって被災地のニュースはバリューが低下しているだろうなあ、と思う自分がいた。日本で発生した震災と違い、所詮外国でおきたよその国のできごとであり、日本の読者も忘れるのは早いだろう。でも、本当はそこにはまだ、傷の癒えぬ人があり、瓦礫の街がのこっている。</p>
<p>■濱田教授らが、学者や技術者の良心に従い、目的が調査や研究ではなく、被災地を救うことだ、と思ってアクションを起こした。なら、私も記者としての良心に従うべきだろう。外国の災害の長期的な復興の話など、ニュース価値としては低いし、派手な記事にはならないかもしれないが、記事を書くことが目的なのではなくて、記事によって少しでも被災地の助けになることが目的なのだ、という災害報道の基本に立ち返って、今後も被災地の状況をフォローしていきたい、とがらにもなく殊勝なことを思ったのだった。</p>
<p><img height="258" alt="" width="194" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/06/273634.jpg" /><br />
&uarr;濱田教授</p>
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		<title>被災地から⑤自衛隊はいや？</title>
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		<pubDate>Thu, 29 May 2008 12:32:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[福島 香織]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[指定なし]]></category>
		<category><![CDATA[医療チーム]]></category>
		<category><![CDATA[四川大地震]]></category>
		<category><![CDATA[国際緊急援助隊]]></category>
		<category><![CDATA[新建小学校]]></category>

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		<description><![CDATA[■ひょっとして、胡錦濤さんはちょっと先を急ぎすぎたかもしれない。自衛隊機の救援派遣である。ネット上の反応は、反対色が濃厚。強国論壇をみてみると、抵抗がつよかった。声をひろってみると、 ■日本：中国の要請をうけて自衛隊を中 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>■ひょっとして、胡錦濤さんはちょっと先を急ぎすぎたかもしれない。自衛隊機の救援派遣である。ネット上の反応は、反対色が濃厚。強国論壇をみてみると、抵抗がつよかった。声をひろってみると、</p>
<p>■日本：中国の要請をうけて自衛隊を中国に派遣する－反対！<br />
Ａ（この意見に対して）救援にくるならいいんじゃないの、どうせ中央がしっかり管理するんだし、われわれが、心乱すようなことはないと思う。<br />
Ｂ中国は世界に向かっており、世界が中国に向かってくるのは当然でしょ。<br />
Ｃ君が反対する理由ははっきりしている。すべての民族には尊厳というもんがある。</p>
<p>■オオカミを招き入れる結果になるぞ。<br />
■災害救援でも反対なのか？まさか災害を長引かせたいのか？</p>
<p>■世界の大局からみると、いいことなんじゃないの？</p>
<p>■日本軍機が中国にくるのに、どんな協力ができるのというのか？中国人を爆撃で虐殺した軍隊の中国上陸に強烈に抗議する！<br />
■（この意見について）被災者はおまえをきらうだろうよ。<br />
■どうして軍用機をつかうの？なぜ民用機を使わないの？<br />
■（中国は）大国なのに、世界にはいろいろ国があって、問題の解決方はいろいろあるのに、どうしてまた日本軍を中国に再び入れるのか？<br />
■何しにくるの？<br />
■国軍もミャンマーで少なくない人を殺したけれど、まさかミャンマーはこれを理由にわが国の軍の輸送機による救援物資を断るというのか？</p>
<p>
■時間の都合で、いちいち、あげないが、だいたい７：３のわりでネット世論は反対、あるいは抵抗感をしめしている。</p>
<p>■ちなみに、被災者自身はどうなのか？<br />
私が友達になった都江堰のある被災者：「自衛隊って何？よく分からない」<br />
私「日本の軍隊みたいなものかな。日本と中国は戦争して、日本軍が重慶など爆撃したでしょう。で、中国人としては、そういう日本の軍隊が救援にくるのはどういう感じかな、と知りたいと思って」<br />
被災者「私たちの時代にやった戦争じゃないから、関係ないと思う。私、被災後、毎日の生活で大変で、お母さんの世話とかも大変で。正直、あんまり何もしらないのよ。ドイツの医療隊が都江堰に来たことだって、あなたから教えてもらった。助けにきてくれるなら、どこの国でも誰でもいい」</p>
<p>■おそらく、被災者は、自衛隊がどうとか、あまり気にしていないと思う。それより、一日一日の暮らしに必死なんだよ。子供のケガはよくなるのか、あしたはどうなるのか、余震はこないのか、服を着替えたいとか。そういうことばかり、考えていると思うよ。</p>
<p>
■ところで、きょうも原稿は取り置きになった(とおもったら後版から使われることになった)。古い残稿分から、ボツ原稿としてここで収容しよう。３日前の原稿だけれど、この患者の梁成鈺君がけなげさを、やはり紹介したい。</p>
<p>　【成都（四川省）＝福島香織】中国・四川大地震の被災者への医療支援のため、四川省省都の成都市の四川大学華西病院で活動中の日本の国際緊急援助隊医療チームは２７日、同病院に入院中の被災者の人工透析治療を日本メディアに公開した。使われている人工透析機は今回の地震で日本政府が被災地の病院に緊急医療援助物資として贈った５０台（１億２０００万円相当）のうち、華西病院に配備されたもの。</p>
<p>　チームから治療を受けたのは都江堰市の新建小学校４年生、梁成鈺君（１０）。授業中に被災し、４９人のクラスで助かった２０人のうちの１人。しかし、クラッシュ・シンドロームで急性腎不全を起こしていた。医療チーム人工透析技師の佐々木恒太さんは「透析を受けて尿が出れば、腫れがひきます」と説明。同じく医療チームの高野弘子・看護師が「痛いところある？」などと優しく声をかけながら治療に当たっていた。梁君は苦しそうに顔をしかめながらも「（医療チームは）すごくよくしてくれる。僕も治ったらボランティアするんだ」と夢を語っていた。</p>
<p>　同病院の付平・腎臓内科主任は「日本はクラッシュ・シンドローム治療の知識や経験が豊富。日本との協力は私たちにとっても良い経験です」と日本への感謝をのべていた。一方、病院敷地内に設置された日本の医療チームのテント事務所には、中国メディアを通じてチームの活躍を知った被災者家族や市民が続々訪れ、感謝の言葉を述べたり、花束や果物などを差し入れていた。</p>
<p><img height="288" alt="" width="384" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/05/269852.jpg" /><br />
&uarr;福島が代表撮影しました。</p>
<p>■都江堰の新建小学校というと倒壊して大勢の子供たちが亡くなり、温家宝首相も現場にいって涙したという重篤被災現場。看護婦さんによると、梁君は、まだ、多くの同級生たちが亡くなったということを知らない（はず）。しかし、何かを感じているのだろう、苦しそうに咳き込みながら、取材を受けたい、といってくれた。<br />
私「日本の医療隊は君によくしてくれる？」<br />
梁君「うん、とてもよくしてくれる」<br />
看護婦さん「感謝しているよね？」<br />
梁君「感謝している。ぼくね、よくなったら、ボランティアやるんだ」</p>
<p>■苦しそうな息の下で、そういうものだから、思わず、涙ぐみました。ぜったいこの子をよくしてあげてください。きっと彼は大きくなったら、世の中が必用とする大事な人間になるはず。</p>
<p>■ちなみに、あす金曜日は、医療隊が四川大学の要請をうけて、病院関係者や学生に対して日本の緊急救援医療をテーマに講演を行うそうです。ペンギンさんも、いらっしゃる？福島は一応、２時４５分に日本の医療隊のテント前にいくつもりです。</p>
<p>
■自衛隊派遣は、深夜（未明？）になって見送られることが決定したようです。やはり、時期尚早でしたか。</p>
]]></content:encoded>
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		<title>被災地から④国際緊急援助考</title>
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		<pubDate>Sun, 25 May 2008 11:40:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[福島 香織]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[指定なし]]></category>
		<category><![CDATA[医療チーム]]></category>
		<category><![CDATA[四川大地震]]></category>
		<category><![CDATA[国際緊急援助隊]]></category>

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		<description><![CDATA[■やっぱり余震はこわい。きょうも余震があった。午後４時３７分、陝西寧強が震源地でＭ５・７。外にいたので、あまり感じなかったが、成都市民は結構びびっていた。唐家山堰き止め湖のあたりも、依然緊迫した状況。綿陽市では午後４時、 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>■やっぱり余震はこわい。きょうも余震があった。午後４時３７分、陝西寧強が震源地でＭ５・７。外にいたので、あまり感じなかったが、成都市民は結構びびっていた。唐家山堰き止め湖のあたりも、依然緊迫した状況。綿陽市では午後４時、避難訓練があった。決壊レベル１では綿陽市３３カ郷鎮が深さ３０㌢まで水浸しになるとかで１６万人が避難。レベル３（全決壊）だと１３０万人が避難しないといけない。</p>
<p>■さて、唐家山の避難訓練の時間、私は成都で別の取材をしていた。日本の国際緊急援助隊医療チームが人工透析治療を公開する、というので行ってきた。代表取材にあたったのだ。華西病院敷地内の医療チームのテントには、スイカだの花束だの、市民や被災者家族の差し入れが一杯あったよ。中国メディアが日本の医療チームを好意的に報道したので、その報道をみて、「一言感謝がいいたい」「通訳ボランティアがしたい」という人たちがけっこうひっきりなしに訪れているようだ。田尻和宏隊長も「感謝の気持ちをこんな形で伝えてもらうと、やはりうれしいものです」と感激していた。</p>
<p><img height="261" alt="" width="348" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/05/268563.jpg" /></p>
<p>成都市民から感謝の花束をもらう田尻隊長。やらせではありません。本当に、地元紙をみて感激した成都市民が日本の医療チームのテントに、スイカやら扇風機やら花束をもってきて、ありがとうございます、とかいって涙ぐんでいる。ちなみに、この二人の女性は某有名火鍋チェーン店の職員の朱海英さん（３３）と栄幸さん（２４）。「日本人は本当にすばらしい！」と涙を浮かべていました。朱さんの旦那さんは被災地の?川の発電所で働いていて、あやういところだったそうです。</p>
<p>■被災者、市民から感謝された、という点でみれば、日本の国際緊急援助、成功である。でも、日本人の一記者として、今回の緊急援助のあり方を各国と見比べてみると、やはり感じるところがあったので、この問題について、まとめておきたい。一般人の目から見た今回の日本の国際緊急援助の問題点、所感なので、別に無視していただいてもいいのだが、日本が今後、よりよい国際緊急援助によって国際社会に貢献するために、ちょこっとは参考になるかもしれない、と思う。</p>
<p>■中国は欧米諸国や民主主義の途上国とはあきらかに違い、民主主義的自由はないけれど欧米なみに経済が発展し大国意識も強くプライドも高い部分がある、という極めて特殊な〝独裁国家〝で、こういう国が国際緊急援助を受け入れるのも初めてなら、国際緊急援助隊を派遣する側も初めての挑戦だった。</p>
<p>
■中国は当初、国際緊急援助を受け入れるつもりはなかった。そういえる根拠は、日本外交筋が１３日に中国外務省から、「極めて丁重なお断りがあった」と話している。１３日時点では、中国は人的な国際緊急援助を受け入れない方針を固めていた。表向きの理由は交通が寸断されていて被災現場に入れない、ということだが、なにも現場は?川だけじゃないから、これはあくまで表向きの理由といえる。</p>
<p>■本当の理由は推測の域をでないが、ひとつは、震源地がアバ・キョウ族チベット族自治州という民族問題の火だねを抱えている土地であること。たとえアバに入らなくても、成都にもチベット族居住区があるし、被災者が流れてくる。そういうところで、あまり国際社会に見せたくない民族問題の本質が見られてしまうかもしれない、という心配があるかもしれない。私が直接目撃したのではないが、こちらにきているあるフリーカメラマンによると、成都北駅付近で２４日で、大勢のチベット族が拘束されていた、という。そのカメラマンが目撃し、周辺の人に聞くと、チベット族の犯罪者が捕まった、と答えたという。地震の混乱に乗じて、チベット族がデモや抗議活動を活発化させるのではないか、という懸念は軍にある、と、その筋に詳しい記者からきいている。被災地の軍結集の素早さは、そういった火だねを抑えるする目的もあった、という見方がある。あくまでも、ひとつの見方であるが。</p>
<p>■ちなみに、成都や都江堰などの漢族のチベット族に対する蔑視は相当根強いものがあり、雑談で水を向けると、チベット族の悪口のオンパレードになる。もっとも、こういった偏見はどこの国にもあり、日本では「中国人は犯罪者が多い」と、警察自身がいったりするから、非難ばかりもできないのではあるが。でも、こういう感情があふれる地域で、チベット族の被災者はけっこう苦労しているんじゃないかな。私は民族問題については、その歴史的経緯をみて大いにチベット族に同情的立場なので、こういう言い方になる。</p>
<p>■話がややそれが、当初、国際人的支援を断りつづけたもうひとつの理由として、中国の大国意識、プライドがじゃましていた、という見方もある。これまでの自然災害は、基本的には解放軍と政府が人民を助けてきた。物価高で庶民の生活が苦しくなったという実感がある一方で、（戦争もないのに）軍の予算がずっと２桁成長のなか、軍の存在意義を人民に納得させるのは、こういう災害で活躍するほかない。そういう意味で、この「抗震救災　衆志成城」は、軍と人民の心をひとつにする絶好の機会であり、外国の救援隊が出る幕ではない、という見方だ。これもあくまで見方にすぎないけれど。</p>
<p>■もうひとつが、日本の人的援助に限っての話だが、成都という反日感情が強い地域での日本の救援チームの受け入れは、むしろマイナスではないか、という懸念が中国当局側にあったときく。反日感情が強いのは重慶でしょう？という人がいるだろうが、重慶と成都は近いので、成都にも反日の人は多いのだそうだ。（地元日本人談）。０５年の反日デモのときは、確かに成都のイトーヨーカー堂が最初にガラス扉を破られる騒動があった。</p>
<p>■こういった懸念を、ぜんぶひっくり返して、急遽、日本の国際緊急援助を受け入れたのはなぜか。これも推測だが、やはり被害規模があまりに大きすぎたこと。そのため、実は軍に対する不満が人民から上がり初めていた。これはインターネット世論にあらわれてきたのだが、軍は確かに活躍していて空挺部隊の済南軍区の活躍には賞賛の声が集まっていたが、成都軍区については、初動が遅い、という批判の声が結構多かった。</p>
<p>■死者数が中国の予想の範囲を大きく上まり、国際社会の援助を断り続けた方が、人民の非難を買いそうな予感がしてきたのではないか。また、外交部としては、胡錦濤国家主席訪日の直後で、ここで日本の支援を受け入れることが、日中関係にプラスになるとの判断もあったのではないか。</p>
<p>■ということで、私がみるに、極めて外交的政治的な判断で、中国は日本に対し人的な緊急援助を要請した。日本としては、突然の態度の変化でちょっとあわてたのではないだろうか。日本としては、おそらく人的援助は断られるであろうという前提の上での申し出だった。</p>
<p>■要請があったその日のうちに、すぐ国際緊急援助隊救援チーム先発隊３１人が成田を出発した。しかし、おそらくはその直前まで、日本としては中国が日本の人的支援を受け入れるはずない、と思っていたので、現地の情報収拾は甘かったと思われる。</p>
<p>■また国際緊急援助隊の隊長は、外務省の人であり、カウンターパートは中国外交部の人となるが、中国外交部と軍は仲がよろしくない。東シナ海問題とか、衛星打ち落としとか軍がらみの事件について、外交部の定例会見で質問しても報道官が答えられないのは、軍から情報が与えられていないから、というのは知られた話だ。だから、被災地の状況やニーズを実際救援活動している軍から吸い上げて、日本に提供することができないのも当たり前なのだ。そもそも軍にしてみれば、日本の支援などいらない、という立場だ。そりゃ、成都軍の動きが遅い、とか人民から文句が出始めていて、そこに日本の救援チームがきて、活躍されれば、軍としてはおもしろくなかろう。このあたりの軍の感情は、救援チームに同行取材した同僚が「日本は早く帰れ」とある兵士が口走ったのを聞いた、という話からも推測できる。</p>
<p>■そういう難しい条件のもと、日本の援助隊はきて、特に救援チームは軍が捜索して、生存者がいないと確認された所ばかり回された。最初にいった北川県の現場は８㍍くらいの厚さで土砂がつもっていて、生存者捜索にはまず土砂を退かせねばならない状況だった。土砂をどかす時間のロスを考えると、別の現場に当たった方がいい、というので場所を変えたが、そこも軍が捜索ずみで生存者がいないと判断した場所。しかし、日本人的にいえば、生存の可能性が低いとはいえ、そこに人がいる以上、ほうっておくわけにはいかない。私が現場に居合わせた人から聞いた話では、当初、中国側が照明を提供してくれる約束だったが、それもなかった。夜は作業が何時間も中断させられた。中国側としては、そこに生存者が居ないことは分かり切っていたので、夜は作業を休むつもりだったのだろう。</p>
<p>■もっとも、瓦礫の下の人の生死にかかわらず、暗闇の中で手作業で一生懸命がれきを取り除き、救出しようとし、遺体だと確認されれば深々と黙祷を捧げる日本の救援チームの姿は、中国人民に深い感動を与えたことは間違いなかった。私も取材現場にいき、日本の記者だといえば、「救援チームには感動した。ありがとう」と被災者からいわれる。</p>
<p>■救援チームと入れ違いに成都入りした医療チームは、被災地にテントをはって応急処置を行う野戦病院型緊急医療の準備をしてやってきた。ところが、２０日夜に成都入りして２１日丸一日、調整に費やされた。四川省は医療隊に、第一人民病院（成都市が管轄）で外科手術などを手伝ってほしい、と要請したからだ。医療チームは被災現場で活動する方が、チームの特性を生かせると主張し、意見がかみ合わなかった。結局、緊急外来がパンク寸前の華西病院を手伝う、という方向で再度調整が図られたが、華西病院は中央の管轄なので、もう一度中央のご意向をうかがい、その許可を待たねばならなかったため、華西病院の受け入れが正式に決定したと発表されたのは２１日夜１０時を回っていた。</p>
<p>■救助チームも医療チームも、結果的には被災者から感謝され、中国人民の支持をえており、根深かった反日感情を１８０度旋回させるという神業をやってのけたのだから、この外交的成果は大きかった。医療チームは実際に、患者の医療にかかわり感謝の言葉を受け止めているし、また「ＭＲＩを使うとき患者を動かす」といった医療現場での違いを中国の医師に教えたり、日中医療技術交流にもなっている。</p>
<p>■しかし、「緊急援助」という看板を掲げているわりには、時間的ロスが多かったという反省はあるのではないだろうか。いや、日本のせいじゃない、中国側に問題があった、という意見もあるのだろうが、人道的緊急援助って、相手がいかなる政治的体制であろうが、援助が素早く被災者に届くということに意味がある。最初から中国が硬直したトップダウンの体制であることや、メンツとコネという独特の価値観がはびこっていることは承知の上で、ならばどういう風に、援助を行えば、よりスムーズであったか、を考えるべきではないだろうか。</p>
<p>■田尻隊長は「正直、中国側の被災地医療のロジ確立の速さが予想を上回っていた」と話していた。日本のこれまでの経験からすれば、地震発生１０日足らずの段階では、被災地の最前線での応急医療が最も必用とされているとの判断があった。ところが、中国は人海戦術で瞬く間に道路を復旧、重傷者はピストンで被災地から県級病院へ、県級病院から成都市大病院へと搬送するロジスティックを確立。その結果、緊急医療のニーズは、被災地現場ではなく、県急病院、そして都市大病院に移っていた。一方、被災地現場では病院が完全に機能不全に陥っているので、震災での負傷者以外の患者、たとえば避難所生活の心労による病気や軽い感染症（かぜ、下痢）、出産や子供の心のケアなど全般の医療行為を肩代わりできる病院機能を欲していた。</p>
<p>■日本とほぼ同時期に緊急医療援助を行ったロシア、ドイツ、イタリアはいずれも、「移動病院」を彭州、都江堰、シーファンの被災地の最前線に持ち込んだことは、すでに紙面でも紹介した。日本が成都に到着した後、調整に難航したのにくらべ、各国とも素早く被災地入りしている。それは、やはり現地のニーズを日本より的確に把握していたということではないだろうか。この違いはどこからくるか。</p>
<p>■ロシアの場合、２３のテントから構成された大規模移動病院設備と大量の医療物資を持ち込んだ。到着翌日から外科手術を行っている。医師・看護婦らスタッフの数は６７人。中国赤十字との共同の移動病院を彭州市職業中学校グラウンドに設置。５つの手術を同時に行い、１日３００人の治療が可能という。中国外交部が仕切る形で、毎日午後、プレスツアーが行われ、ロシア医師らの活躍を中国国内外メディアに紹介している。子供の心理ケア専門の小児科の女医さんまでいた。ロシアチームの仲介にたっていたのは外交部だが、同時に中国赤十字も受け入れを行っていた。現地のニーズの情報収集などは、医療機関から直で情報がいく中国赤十字であったと思われる。</p>
<p><img height="275" alt="" width="366" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/05/268548.jpg" /><br />
ロシアのテント式移動病院。現地入りしてからすぐ、外科手術も行うなどの活躍が中国メディアでも報じられている。</p>
<p><img height="351" alt="" width="468" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/05/268741.jpg" /><br />
ロシア医療チームの小児科女医さんは、粘土遊びをつうじて子供たちの心をいやしていく。</p>
<p>■ただ、ロシア医療チームの移動病院が現地のニーズに完璧に合致していたか、というと疑問に思う点もある。彭州市では人民病院などがすでに機能回復しており、ロシアチームの移動病院には私が取材した時点で２１人しか入院患者がいなかった。彭州は高速道路で１時間程度で成都につくし、難しい手術なら成都の病院に行きたい、と思うのが患者の本音ではないか。（私なら、ロシアの移動病院で手術は受けたくない。患者さんへのインタビューは禁じられていたので、この移動病院にいる患者の本音は今もって分からないが）</p>
<p>■ちなみに、日本の医療チームが被災現場に行きたい、とあくまで主張していたとき、中国側は「ロシアは彭州市に入ったが、現場ではニーズがなくてこまっている。ロシア側もすぐ撤退する予定だ」と説得された。ロシア医療チームのイワヌス隊長は「ニーズがあるかぎり、ここに居続ける」といっており、意地悪くいえば日本チームは中国側に「ごまかされた」わけだ。だが、ロシアの移動病院の彭州市設置と毎日のプレスツアーは、ロシア大統領訪中にあわせた、かなり外交的パフォーマンスではなかったか、と私は思っている。そのプレスツアーに一緒に参加し、私を成都まで送ってくれた中国人記者が車の中で、「あんなに大きな移動病院を用意して、患者がほとんどこないんじゃ、かわいそうだよね」とロシア医療隊を哀れんでいたのが印象的だった。</p>
<p>■到着後、すぐに被災地いりし、その最前線で大規模テント病院を設置して活躍してみせ、中国メディアに大きく掲載されたのは、ロシアの外交力であり、ロシアを尊重する中国の外交姿勢のたまものであった。もっとも、それは外交的成果を重視して、被災地側の要請をあまり重視しなかったからではないだろうか。もし、日本にロシア並みの対中外交力があれば、中国側から成都市の病院に入ってくれと要請されても、「いやだ、被災地の現場で活動してメディアの注目をあびるのだ」と言い張って、どっか適当な被災地に小規模テントの野戦病院を設置できたかもしれない。だが、取材した中国記者らは帰り車の中で「日本の医療チーム来てくれたけど、患者がこなくてみじめだよね」と哀れんだかもしれない。日本医療チームが我をとおさず、成都の病院医療を支援してくれて、結果的によかったと、私は思っている。</p>
<p>■個人的に、さすが、と思ったのは、ドイツの医療チームである。これはドイツ政府というよりドイツ赤十字としての活動だった。やはり１２０床の移動テント病院設備（人口２５万人の町に対応できるレベル）を、重篤被災地の都江堰に持ち込んだ。この近くは仮設住宅があり、このテント移動病院は緊急医療ではなく、仮設住宅の被災者に当面の病院医療を提供する目的である。<br />
<img height="257" alt="" width="342" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/05/268721.jpg" /></p>
<p>
■大型発電機や大型浄水器、医療機器、医薬品など輸送費こみで１５０万ユーロする移動テント病院一式を中国赤十字に贈与。１１人のドイツ人医療チームは、被災者を治療するためではなく、中国赤十字に属する上海崋山病院や現地の病院スタッフに移動でんと病院を使いこなすためのノウハウを伝授するためにやってきていた。</p>
<p>■ドイツ医療チームのコフ報道官の発言が、人道医療援助の基本姿勢を物語っているようで印象深かった。「中国には現地にすばらしいお医者さんや看護婦さんがおり、私たちが直接医療を行う必用はない。私たちがきたのは、ここの医師らに、この病院の使い方を教えるためです。将来、海外で同じような大災害が起きたとき、中国の医師らが海外で、緊急医療支援を行うことができるように。」</p>
<p>■都江堰市のすべての病院は被災し、激しい損傷を受け機能不全に陥っている。それら病院スタッフは、同じ地域の同胞の被災者を助けたいという強い思いがあるのに、設備がなく困っていた。こういったニーズの情報は、やはり中国赤十字から提供されたという。コフ報道官によれば、コーディネートに中独双方の政府はかかわっておらず、あくまで赤十字ネットワークで動いたという。「ドイツ赤十字が中国赤十字にどんな援助が必用か、と聞いて、その要請にあわせて準備した」という。外国の支援はあくまで黒衣、救援も復興も、中国自身がやりたかろう、という中国人のプライド、メンツを理解した、いかにも人道先進国らしいスマートな援助であると、私は感じた。</p>
<p>■イタリアは直接取材していないが、やはりシーファンという重篤被災地に移動病院を持ち込み、最終的にその設備一式を贈与する。</p>
<p>■こういった各国の緊急医療援助のあり方をみるに、やはり現地のニーズを医療機関を通じて吸い上げているのは赤十字。日本はなぜ中国赤十字にコーディネートを頼まなかったのだろうか。私のみたところでは、情報収集は外交部と四川省外事弁公室まかせでありすぎたと思う。</p>
<p>■あと、日本の緊急医療援助は、これまで日本チーム単独の行動ばかりで、現地の医師と共同で医療にあたる、という発想がなかった。中国としては、外国人の援助は受け入れたいが、勝手な行動はこまる、という政治的スタンスである。そういう中国の体制を理解し、なおかつ中国人的プライド、メンツを考慮していれば、もう少しスムーズかつスマートな支援が行えたかもしれない。</p>
<p>■田尻隊長は、今回の経験は調整の難航も含めて、「貴重な経験をした。医療チームにとって現地の病院施設で活動するのも初めてなら、医師と協力して緊急医療を行うのは初めて。当初は遠慮もあったが、徐々に交流を深めており、今後の活動にいかせる」と話していた。私もその通りだと思う。</p>
<p></p>
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		<title>被災地から②心のケア</title>
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		<pubDate>Wed, 21 May 2008 12:50:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[福島 香織]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[指定なし]]></category>
		<category><![CDATA[四川大地震]]></category>
		<category><![CDATA[心のケア]]></category>
		<category><![CDATA[被災地から]]></category>

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		<description><![CDATA[■日本が思わぬところでお役にたっている状況を発見しました。２１日付けの記事にもしましたが、成都医学院の「心のケア」の専門家のある女性が、日本留学経験があり日本語がわかるので、阪神大震災の心のケアに関するデータや論文をイン [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>■日本が思わぬところでお役にたっている状況を発見しました。２１日付けの記事にもしましたが、成都医学院の「心のケア」の専門家のある女性が、日本留学経験があり日本語がわかるので、阪神大震災の心のケアに関するデータや論文をインターネットでひっぱって、現地で応用しているということです。この記事はネットに転載されていないので、ここで転載します。彼女の恩師が熊本大学の北村俊則教授なのですが、産経新聞は九州では出ていないのが残念。熊本大学の方が、もしこのブログをごらんになったら、教え子の<strong>陳孜さん</strong>は、今回の被災で、子供たちの心のケアで大奮闘されています、と北村教授にお伝えください。</p>
<p>以下転載：<br />
■　【成都（四川省）＝福島香織】四川大地震で被災した子供たちの心の傷のケアに、日本留学経験のある専門家が奮闘している。四川省唯一の心のケア専門医療機関・四川省応用心理学研究センターを擁する成都医学院の応用心理学博士の<strong>陳孜さん（３６）。<br />
</strong><br />
<img height="275" alt="" width="366" align="baseline" border="0" src="http://kaori.kuron.jp/wp/wp-content/uploads/2008/05/264901.jpg" /><br />
&uarr;「起きたばかり？」と少年にやさしく尋ねる陳孜さん。彼は家族全員の安否が不明。元気のなさそうな少年に対して、元気ないね、とはいわない。がんばれ、なんていうのも、無理。お母さんは必ず生きているよ、なんて根拠のない希望もダメ。言葉を慎重に選ぶこの仕事は、人が想像するより精神力を消耗する。陳さん自身も「私もケアが必用」と冗談っぽくだが、訴えていた。</p>
<p>
■同センターで唯一日本語がわかる陳さんはネットで阪神大震災の心理ケアのデータを集め同僚や教え子とともに、同学院が受け入れている被災中学生・教師ら１２０人余りのケアに当たっている。だが経験不足に悩んでおり「阪神大震災でケア経験のある専門家に指導してほしい」と訴えている。</p>
<p>
■「何かしたいことある？」という陳さんの問いかけに「何もしたくない」と少年（１５）は抑揚なく答えた。まったくの無表情。少年の家族は全員安否が不明だ。<br />
　「１８日ごろから心的外傷後ストレス障害（ＰＴＳＤ）症状を見せる生徒が急増しています。食事をとれない、言葉を全く発しない、表情がまったくない、などの症状です。夜に無意識に徘徊する子も。サポートしたくてもサポート拒否にあったり&hellip;」。陳さんは顔を曇らせる。</p>
<p>■軍の施設内にある同学院は建物が頑丈なこともあって震源地・?川県映秀鎮の生存者のうち中学生と教師が避難。ほとんどが家族の誰かを失っている。それだけに慎重なケアが必用だ。陳さんは熊本大学医学部の北村俊則教授の指導を受け五年余り臨床行動科学や心のケアを勉強。日本の台風犠牲者遺族の心のケアも実地で学んできたのち、昨年帰国し同学院に配属された。四川省に７０人前後しかいない心のケアの数少ない専門家のうち唯一日本語がわかる。</p>
<p>
■「中国でも１９９４年から心のケアの研究が本格化しています。しかし地震被災者のケアは他の災害とは全く違う。余震が続くため、恐怖が長引く。中国では震災被災者ケアの実践経験が少ないんです」。<br />
　<br />
■<strong>一番参考になるのは阪神大震災のデータだといい、ネットで日本の専門家の論文やデータを捜しては現場で応用。「中国人は加油（がんばれ）とか希望という言葉が好きですが、これは逆効果というのも学びました」。<br />
</strong><br />
■同学院では、心のケアを学ぶ学生たちが震災被災者と被災体験を語りあう「緊急事態ストレス・デブリーフィング（ＣＩＳＤ）」も週一回行っている。「生徒だけでなく、責任の重い教師も重症。また救援活動をする側の心のケアも必用」と心のケアの需要は高まるばかりだ。四川なまりが聞き取れない外地や外国の専門家が現地の心のケアに直接関与することは難しいが「症状や回復段階ににあわせたきめ細かいケアのあり方など、日本の経験を私たちに指導していただけたら」と話している。<br />
（以上）</p>
<p>■陳さんの話をもう少し詳しく説明しよう。震源地（映秀鎮）を生き延びた中学生たちは、その４分の１が、ＰＴＳＤの症状を示している。食事をとらない、表情がない、検査では異常がないのに体中がかゆい、痛いと訴える子供。話をきこうにも、こころ閉ざしてしまう子。避難所（学院）を脱走して家族を探しに行こうとする子供。</p>
<p>■陳さん「子供たちだけでなく、約２０人いる教師のＰＴＳＤも重い。いえ、子供より重いかもしれない。なぜなら、事態の悲惨さを子供たちよりよく理解しているから。それに教師として責任の重さも違います」</p>
<p>■私も、陳さんと一緒に子供たちの様子を見せてもらった。<br />
私「メディアが、子供たちに震災の体験をきいたり、話をさせたりするのは、悪い影響があるんですか？」<br />
陳さん「地震直後は、恐怖の体験をぜんぶ吐きださせて、話させる方がいいんです。でも、その時期をすぎると、今度は話すことが、恐怖の記憶を蘇らせることになるので慎重さが必用です。というか、子供たち自身が話したがりません。そういうとき子供たちに必用なのは、無理にききだそうとせず、安全で安心できる場所を提供すること。子供たちに不安を与えるような取材はやめてもらいたいですね」</p>
<p>
■この学院には、応用心理学を学ぶ学生が約１００人いて、みな「心のケア」のエキスパートの卵。そういう学生たちが、子供たちの日常の世話にあたっている。</p>
<p>■陳さんは瀋陽出身。もともと内科医だった。大学時代に勉強した応用心理学の教科書が、熊本大学の北村教授の書いたものだったので、この教授について心理学を勉強したい、と思ったのが日本へ留学のきっかけ。２年半の語学勉強ののち、研究生時代をふくめ５年、熊本大学で臨床行動科学を学び、昨年、帰国。成都医学院に配属された。</p>
<p>■陳さん「臨床行動科学は、こころのケアとはちょっと違うんですが、熊本では水俣の台風災害の遺族の心のケアなども勉強しました。でも台風と地震はちがうんですよ」</p>
<p>■陳さんによると、中国でも心のケアの研究は１９９４年の新疆の学校火災の生存者が重いＰＴＳＤにかかった事件から、かなり進んでいるとのこと。しかし、火災や空難、海難、台風などの生存者と、地震の生存者に対する心のケアは相当違うのだそうだ。</p>
<p>■陳さん「地震の恐怖は長引くんです。台風は台風一過。でも地震は余震が続く。だから難しい。中国はこういった大震災の生存者ケアの経験がほとんどありません」</p>
<p>■しかも、地震災害の場合、軍、警察や消防、医療関係者など救援側の人間も長期にわたって厳しい緊張を強いられるのでケアが必用になってくる。<br />
陳さん「私たち、心のケアの専門家も、ケアが必用。だから、お互いにケアしあっているんですけど」</p>
<p>■こういった状況で、陳さんは、大震災生存者のケア経験のある専門家の話がききたい、阪神大震災の心のケアのデータがもっとほしい、と訴えている。</p>
<p>■福島「もし、阪神大震災で心のケアに実際にあたった専門家が、成都医学院の専門家や学生さんに講義したりすれば、それは役に立つことですか？」<br />
陳さん「そうなれば、ものすごくうれしいです。いちおう、ドイツの専門家とは交流があるんですが、今まで日本の専門家とはなかった。でも去年から日本語のわかる私がいるので、そういうことも可能だと思います」<br />
福島「まあ、お医者さんや専門家はだいたい英語できるし、英語で交流できるでしょう」</p>
<p>■取材をおえて、子供たちの部屋から出ると、入り口のところで、年配の男女と、学院の学生がもめていた。年配の男女は、どうやら自分は映秀鎮の人間で、ここに保護されているある少年の親戚だから、連れて帰ると主張し、学生らは、身分証明書がなければ子供たちを連れて帰ることはできない、と抵抗しているもよう。</p>
<p>■陳さん「同じ村の人が、子供たちを連れ出そうとよくくるんです。でも、血縁関係であるという証明ができなければ、子供たちをつれてゆくことはできません。ここでは、悪い大人から子供を守る必用もあるんです」</p>
<p>■一人っ子政策が導入されている中国においては子供は宝。それは大事にされる、という面もあるが、金になる、売買対象になる可能性もあるということだ。被災した子供たちの安全で安心できる生活環境を守ることを並大抵ではなさそうだ。</p>
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		<title>被災地から①医療チーム</title>
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		<pubDate>Wed, 21 May 2008 11:38:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[福島 香織]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[指定なし]]></category>
		<category><![CDATA[四川大地震]]></category>
		<category><![CDATA[国際緊急援助隊]]></category>
		<category><![CDATA[被災地から]]></category>

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		<description><![CDATA[■更新していないブログ、毎日お運びいただきありがとうございます。きょうは、日本の医療チームの張り番だったので比較的時間に余裕がありました。今後、時間のあるときは、被災地で出会った人々や、所感をつれづれつづっていきたいと思 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>■更新していないブログ、毎日お運びいただきありがとうございます。きょうは、日本の医療チームの張り番だったので比較的時間に余裕がありました。今後、時間のあるときは、被災地で出会った人々や、所感をつれづれつづっていきたいと思います。</p>
<p>■さて、日本医療チームは２０日夜に成都入りしましたが、初日２１日、医療活動をはじめることが出来ませんでした。これは夕刊にも書いていますが、四川省としては病院の医師を手伝ってほしい、日本側は被災現場で「野戦病院式」の緊急医療を行うつもりできた、ということで双方の要望、設備・準備などがかみ合っていなかったわけです。<br />
北京時間午後７時、明日の活動予定もきまっていない状況。</p>
<p>
■意地悪な言い方で申し訳ないですが、日本の善意がうまく機能していないようです。日本の国際緊急援助隊って経験も実績もあるのでしょうが、今回はどうも、要領わるい気がするのは私だけでしょうか。あるいは、この緊急援助隊派遣自体が、外交的意味をより重視されているため、現地のニーズを吸い上げる努力が、日本政府側、仲介している中国外務省ともにたりない、ということでしょうか。</p>
<p>■ちなみに、民間の国際医療ボランティア組織・ＡＭＤＡ（岡山）の活動とくらべると、けっこう対象的だな、と思いました。私、関西人なので、ＡＭＤＡは以前にも取材しており、彼らの活動にはもともと好感をもっています。ＡＭＤＡは台湾支部が１５日に、現地の医療関係者とのコネを使って被災地入り、中国人医師と協力して被災地巡回医療を展開。それを追うかたちで本部も１７日にはスリランカ系オーストラリア人のコーディネーターを派遣。医療活動を行うのは、言葉のわかるＡＭＤＡの台湾人医師プラス、上海から参加した中国人医師。１７、１８日と綿陽市安県の被災現場で医療活動を展開し、１９日からは成都華西病院に拠点を移して病院医療を支援しています。</p>
<p>■日本人医師は活躍していなくとも、こういった組織力や、医薬品物資を支えているのが日本人（ＡＭＤＡの創設者で代表は日本人医師の菅波茂氏）を代表とする組織であるというのは、日本人としてはなんか誇らしい。国際緊急援助というのは、こういう混成チームでやったほうがスムーズにいくのかもしれません。</p>
<p>■現在の被災地の状況を簡単に説明しますと、被害が甚大でかつ、成都から遠い被災地、たとえば北川県では、収容できない遺体が腐乱して、感染症が出始めているということで２０日から完全封鎖されています。何百㌧もの殺虫剤や消毒剤をまきちらかしているので、防護服なしには入れない状況。被災現場で緊急医療活動を行う、という段階はと過ぎているみたいです。都江堰、?県など重傷負傷者はほとんど成都市内に搬送されてる、とのこと。ですから、現在の被災者医療の最前線は、市内の病院のようです。</p>
<p>■四川省が日本の医療チームに支援場所として指定したのは、成都市の第１人民病院（５００床）。都江堰などからの３４５人の患者を受け入れ、２２０人入院。医師不足で今も手術待ちの患者（おもに骨折）が２０人以上いるそうです。ちなみに、地震発生後、ここの急診科（ＥＲ？）の医師２０数人は、まる４日間、睡眠も休息もとらずに数百人を手術し続けたとか。「朝から晩まで救急車が次々来て、大型バスで大量の負傷者が送り込まれることも」と、この病院のある女医さんは言いました。手術がおわり、医師がばったり昏倒したこともあったとか。きのうあたりから、他の病院から応援の医師がよせられて、今は７０人前後に増えて、一息ついたかっこうのようです。</p>
<p>■また、同病院の婦人科主任の葉宏医師（女医）は地震発生当時、子宮筋腫手術を執刀中で、激しい揺れの中、患者を身を挺して守り、その後余震の危険もあるなか、手術を続行したそうです。病院の医師はみな地震発生以来、ほとんど休んでいない、といっていました。市内の病院の多くは、おおむねそんな状況ではないでしょうか。</p>
<p>■もしこの現状を日本の医療チームが事前に把握していたら、腕のいい整形外科医や看護スタッフでチームを構成して、効率のよい現地の病院支援を行うこともできたでしょうに。言葉の問題もあるかもしれまれせんが、中国語のわかる医療スタッフを１０人くらい集めるくらいはできたでしょうに。専門的な緊急医療で人の命を救うのも重要ですが、自身が被災者でもある現地の医師に休息をとってもらうために、病院を手伝う、というのも十分な支援なはずなのに、と残念に思いました。救援活動で重要なのは、やはり現地のニーズを的確に伝え、吸い上げるコーディネート力ですが、日中の政府には、そういう能力のある人材が少ないのでしょうか。</p>
<p>■さっき、へんなメールが届きました。「日本の救援隊の有るメンバーは、ひとりも生存者を救えなかったので、（これを恥じて）辞職して田舎にかえって農民になった。これは我々が災害に直面して最も欠けている正常な感覚ではないか？」</p>
<p>■そんな、情報あるんですかね？たんなるデマ・メール？日本の緊急救助隊は、確かに思うような活動成果をもっか上げていないかもしれませんが、日中の外交的意味、特に中国の対日感情改善というかなりの効果があったと思うので、私としては、国民の税金を使っていったかいはあったと思います。</p>
<p>（追加情報）<br />
■午後１０時１０分に医療チームのブリーフィングがありました。２２日から四川大学華西病院で活動することが決まりました。この病院はもっか、被災地から直で搬送される緊急患者が最も多いので、日本側が準備した緊急医療設備も役にたつ？かもしれないとのこと。ちなみに国際医療ボランティア組織・ＡＭＤＡも１９日からここに入っています。</p>
<p>■ロシアの緊急医療隊は彭州市の被災地に最初入っていたのですが、ニーズがない、ということで２１日に成都市に帰ってきているそうです。やはり、震災医療の最前線は成都の病院なんですね。</p>
<p>■あす午前に病院側と打ち合わせ、午後に医療器材などを運び込み、医療活動がはじまります。明日からの医療チームの活躍に期待したいです。</p>
<p></p>
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