〝隠れキリシタン〟たちの洗礼式

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 ■一週間以上のご無沙汰です。先週土曜、北京の「隠れキリシタン」、つまり非公認のキリスト教組織の洗礼式を見学させてもらいました。今回は、そのルポおよび中国の宗教状況について報告します。

 

 ■私は目下、信仰の自由のない中国における宗教状況に興味を持っている。中国では紅巾の乱(14世紀)、太平天国の乱(19世紀)など宗教秘密結社が時代の変革期に大きな役割を果たしてきた歴史がある。今、全国の非公認キリスト教徒はプロテスタント系6000万人以上、カトリック系1000万人以上の計7000万人以上で共産党員より多いとされる。この影響力は侮れまい。

 ■非公認のキリスト教(プロテスタント)組織は一般に家庭教会と称される。当局が認めていないため、教会が建てられず、信者の家庭に集まりミサなどを行うからだ。農村や都市で個別の組織が独自発展しており、その全貌は定かでないが、昨年だけで約2000人の信徒が拘束されるし、最近は浙江省蕭山で信徒が献金で建てた立派な教会が打ち壊されるなど、当局からはすでに弾圧対象となっている。しかし、入信者は年々増えており、今や共産党入党希望者より多いそうだ。また、共産党中央幹部にも少数ながら信徒がいるそうだ。

 

 ■そういうわけで、私は作家の余傑氏や北村(ベイツン)氏、目下当局が拘束中の弁護士、高智晟氏ら北京の人権派知識人が多く入信する方舟教会(約60人)から、中国のキリスト教理解のためにいろいろと教えてもらっている。今回の洗礼式も彼らから招待された。

 

 ■洗礼式は水盤の水で簡単にすませることもできるのだが、受洗者が望めば、天然の水に頭まで浸る本格的な浸礼を執り行う。この日は、「北京の水瓶」と呼ばれる密雲水庫で行う浸礼。バス一台をチャーターし信徒44人が早朝出発した。私以外にドイツ人記者も同行した。

 

 ■受洗者は女性4人、男性2人。医者、画家、音楽家、コンサルタント…。20代から40代の知識人、ホワイトカラーばかりだ。早朝6時に出発、2時間かけて到着した洗礼式スポットは、宗教画にでも出てきそうな、切り立った崖と濃い緑に囲まれた人工の淵だった。清らかな水を通して魚が群れ泳いでいるのが見えた。ここは、北京中のキリスト教徒、おそらく千人前後だろうが洗礼に使ったといわれている。

   

 

 

 ■コンクリートで護岸された岸辺に赤い布で十字架の形にしき、祭壇をつくり百合の花をかざった。奥の草むらに簡易テントをはり、そこで、牧師と受洗者らが白いガウンに着替えた。牧師と介添えの二人が先に淵の中に入り、周囲の信徒らが賛美歌を歌うなか、一人ずつ名を呼ばれ水の中に入ってゆく。

 


 

「父と子と精霊の御名において、アーメン」。

南京神学校卒の鄧牧師は33歳(背中を向いている白ガウン)と若く、非常に情熱的な講話を行う。ふつう神学校を卒業すると自動的に中国公認の中国キリスト協会か三自愛国委員会所属になるのだが、彼は、信仰が共産党の指導をうけることに疑問をもって 非公認となることを選んだ。そういう非公認牧師は中国でも少なくない

 

 

 ■「親愛なる主よ、あなたの御子の血の救いは永遠に失われることはありません…」。中国語の賛美歌が崖にこだまし、水の流れる音と絡み合う。牧師は、早口の中国語で「この水に浸り出て行くとあなたは生まれかわり神の子となっている。それを望みますか」と問いかけ、受洗者は「はい」と答える。牧師が祝福の言葉を与え続けるなか、受洗礼者は水に潜り、しずくをしたたらせて再び顔を上げたときは、本当に生まれたての赤ん坊のように無垢な表情をしていた。

 ■受洗者のひとり、朱●●さん(38)になぜ、
洗礼を受けたのかを聞いた。「92年に大学を卒業してすぐ、医者になりました。しかし、仕事は厳しく競争も激しい。毎日残業残業、同僚のねたみ、足の引っ張り合いに、本当に疲れてしまって。仕事で疲れるから、夫ともケンカばかり。なんのために生きているかわからなくなっていました…」。

 ■そんなすさんだ生活の中で、昨年、知人に誘われて方舟教会のミサに参加した。「みんな笑顔で迎えてくれた。どうしてこの人たちの顔つきはこんなに穏やかなの?と不思議に思いました。賛美歌の美しさが本当に身にしみて…。教会に通うようになって、夫が驚きました。顔つきがぜんぜん違って優しくなった、と。私はこれまで競争やねたみで人を傷つけ、傲慢であったことを認め、神に許しを請いたいと思いました。医者の私は病を癒すのが仕事ですが、私は神に癒された…」。

 

 ■受洗者の中には感激のあまり泣き出す人もいた。いや、信者でなくとも、昨年などは偶然居合わせていたつり客が、賛美歌の歌詞や牧師の言葉に感激して泣き出したことがあったそうだ。改革開放以来、先富論に従って経済発展を追求してきた中国人のこころが、今何を求めているか、どれほど信仰に飢えているか気づかされる。

 

 ■キリスト教のほとんどは農民だ。しかし、方舟教会のように都市部の知識人、富裕層にキリスト教が猛烈な勢いで広がっている。農民と都市民の信仰は、同じキリスト教でも若干違っていて、農民の場合は、現実の生活苦、病苦から抜け出し現世利益を求める傾向が強い。たとえば「教会に通うと病気にかからない」といった動機で入信したりすることもある。都市民は、人間関係やストレス、汚職などの罪悪感からの救いを求める場合が多い。経済発展第一主義に疑問をもち、心の豊かさとは何か、と考えはじめた人々だ。

 

 ■私は、この二つのキリスト教が交流を深めることが、中国の変革をよぶことになるかもしれない、と思っている。農村の信仰は迷信化、邪教化しやすく、ともすると社会の安定を脅かす勢力となりかねない危険をはらむが、知識人信徒との交流は農村信仰の迷信化を防ぎ、基本的人権や博愛、平和、民主の概念を広める助けとなろう。実際に、そういった活動を考えている家庭教会は出てきている。

 

 ■また、都市の知識人信徒は海外に出て、海外の宗教関係者や政治家と交流し、中国の宗教弾圧状況を国際社会に知らせ、間接的援護を求めることができる。つまり、中国農村の「邪教退治」を国際的なキリスト教弾圧と位置づけることがでる。そうなったとき、中国のキリスト教は、非常に大規模で国際社会の後ろ盾と正当性をもった平和的な民主推進勢力となるかもしれない。

  ■まあ、農村キリスト教が「白蓮教化」して大反乱、というのは映画のシナリオとしては面白いが、実際にそんな風に中国が乱れたら、周辺国のとばっちりも大変なものだ。というわけで、もしこのブログの読者の中に、日本の政治家やキリスト教関係者がいれば、ぜひ中国のキリスト教に関心をもってほしい。ブッシュ大統領と面会もした作家の余傑さんは今度は日本訪問を予定しているそうだから、時間をつくってでも会ってほしい。それが、東アジアの平和と安定と発展につながると、私は思うのだが。

 

 
 

「〝隠れキリシタン〟たちの洗礼式」への4件のフィードバック

  1. 最も知りたい情報をありがとうございました。
    世界のキリスト者達との連携には充分注意して連絡をとりあっていただきたいものです。
    写真に出てきた彼らへ迫害が及ばないことを祈ります。

  2. nhac-toyotaさま:
    写真掲載はずいぶん悩んだのですが、やはり彼らの信仰の重みを伝えるために必要だと思いました。顔が確認できる人物は、すでにこの世界ではかなり有名人、たとえば天安門事件の語り部や作家の北村氏の奥様。大丈夫だと思います。少なくとも取材に応じる人たちは、写真掲載も含めて、日本に自分たちの信仰と中国の宗教状況を伝えてほしいと思っています。

  3. To 福島香織さん
    一昨年の夏に、東京へ観光旅行へ来た中国人の団体に会いました。関係者の話では、表面上はビジネストリップということでしたが、都内のキリスト教会でバプテスマ(浸礼)を受けるのが主たる目的だったとのことでした。中国の人々が信仰に目覚め始めている現状を垣間見た思いでした。ぜひとも、今後も中国での宗教事情についても取材を継続していただければと思います。

  4. To sekiguchiさん
    宗教は今の中国のキーワードになると思います。キリスト教だけでなく、チベット仏教なども実は静かなブームなのです。

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