成田空港でただいま籠城中:馮正虎さんかくかたりき①

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■11月30日午前中、まだ記者証をもっているうちに、最後の仕事をしたいと思って成田空港にいった。目的は成田空港の入国審査前の制限エリアで11月4日から1か月近くも生活している馮正虎さんに会うことだ。空港の制限エリアは旅客以外は記者証と腕章がないと入れないのだ。こういうのを考えると、記者の権利って大きい!

というわけで、私の最後の記者証を使った仕事として、成田で中国の人権問題を訴え続ける馮さんのターミナル籠城ライフを紹介する。

 

 

■映画「ターミナル」を地でいく!

中国人権活動家、馮正虎さんの成田空港籠城記

「これは日中関係の不平等性が背景にある」

 

 

■まず馮さんとはいかなる人物か紹介しよう。

このブログの前の前のエントリー「日本が米国にどうしても負ける点」でもちょっと触れたが、彼は中国で著名な人権活動家。市再開発のために上海で強制立ち退きにあった住民に法律を教えたり、弁護士を紹介したりして、訴訟をバックアップする活動も行っている。昨年12月10日付けで発表された「08憲章」にも署名している。

 

 

↑白のランニングシャツに中国人権、回国(帰国)などと書いた抗議ファッションの馮正虎さん。 

 

 

 

■ところが4月に来日して以来、祖国中国に帰りたくても入国させてもらえないでいる。これまでに8回も帰国をトライしたのだが、全部未遂におわり、最後に成田に強制送還されたあとは、日本への入国を拒否、成田空港内で、映画「ターミナル」のトム・ハンクスを地でいく奇妙な籠城ライフを送っている。

 

 

■彼の籠城ライフを知りたい方は、中国語を読めるならツイッターの@fzhenghuを見てほしい。すでに世界各国5000人以上のフォロワーが彼を応援している。ホームページも開いており、義捐金の振り込み先口座なども公開しているあたり、本気度がうかがえる。支援者から金をあつめてしまうと、中途半端に投げだせないからね。

 

 

■馮さんは1954年生まれ。華東師範大学数学部を卒業し、名門復旦大学管理学院の修士課程も修了している理系エリートで、卒業後は上海財経大学で教鞭ととり、中国企業発展センター所長を務めていた。でもこのとき北京では1989年の天安門事件が発生。彼はこの民主化運動の武力弾圧に対して批判声明文を出したことで、ブラックリストにのってしまう。

 

■天安門事件後、失意の中国人知識分子の多くが海外に脱出したが、馮さんは日本に行って、1991年から一ツ橋大学に留学した。その後、日本の社団法人で研究員をやったり日本企業に勤めたりしたあと、98年に上海に帰り、上海でコンサルタント会社「上海天倫諮問公司」を設立した。

 

■ところが、2000年、上海公安当局に違法経営の罪で逮捕され、罰金40万元と4年の懲役刑を受けた。電子出版物をめぐるややこしい話なので割愛するが、はっきりいって冤罪逮捕である。

 

■2003年に刑期満了で出所したあと、馮さんは戦いはじめる。この逮捕と判決が不当に公民の権利を犯したとして刑事訴訟を起こした。04年11月からこの裁判がはじまっていた。同時に中国憲法に明記されている人権を不当に蹂躙されている市民の相談にものるなどの活動を広げていった。

 

■さて、その馮さんが、どういう経緯でターミナル暮らしを始めることになったか。

 

 

■ときは今年2月15日にさかのぼる。上海の陳情者を北京の弁護士に引き合わせるために上京したとき、彼は北京公安当局に拘束され上海に強制送還されたのだ。その後海軍の招待所(ゲストルーム)に41日にわたって監禁された。41日目、国外に出ることを条件に釈放される。ちなみに馮さんによると、人を1日監禁するために当局が使う人件費その他の費用はだいたい6000元。それが41日だから、246000元。国内にいると、監禁・監視にそれだけ費用がかかるから、いっそ海外にいってくれ、というわけだ。日本留学経験があり、日本語もまだ覚えている馮さんは行き先に日本を選んだ。

 

 

■日本にきたのが4月1日のエイプリルフール。まさに冗談みたいな理由で日本にきた。上海当局がなぜ馮さんをかくも警戒していたかは、正直よくわからないが、天安門事件20周年で建国60周年というダブルで敏感な年であり、とにかく問題を起こしそうな行動力のある人は拘束するか国外に追い出すという方針だったのかもしれない。人権派作家の王力雄氏も4月から10月まで米国に出国していた。

 

 

■日本にきたのは馮さんも納得ずみだった。「本当なら私は出国禁止リストにのっていた人間だから、これを機会に合法的に海外にいけるならいいや」と思っていた。ちゃんとビジネスビザもとり、6月にはしっかり、日本で天安門事件20周年記念講演会も開いて、「中国は改造すべきだ」「天安門事件は忘れてはならない」と訴えた。

 

■「たぶん、それが奴ら(当局)を怒らせたのかもしれない」と馮さん。6月7日に中国に帰ろうとしたら、なんと上海の浦東国際空港の入管で入国拒否だと言われたのだった。で無理やりANAの関空行きチケットを渡されて日本に強制送還。このとき入管は上司の命令という以外、何の説明もなかったという。

 

■このときはいったん日本にもどった。で、6月17日に成田から今度は上海行きの中国国際航空(CA)で乗ろうとしたら搭乗ゲートで、なんと搭乗拒否。で、3度目の挑戦で米国のノースウェスト航空上海行きに乗ろうとしたら、これも搭乗ゲートで搭乗拒否。理由は上海当局から馮正虎を搭乗させるなという命令を受けたからというが、合法的にチケットを買い、出国ゲートをくぐってパスポートコントロールを通った客を搭乗させないって、それでも民間会社だろうか?

 

 

■国際爆破テロリストなど国際指名手配犯なら搭乗拒否されてもしかたないが(その前に逮捕される)が、馮さんにどんな容疑や罪があるのか誰も説明していない。彼はほとんど冤罪の逮捕歴があるが、ちゃんと刑期満了しているし、法的にはなんら問題のない無辜の市民だ。

 

 

■馮さんはこの航空会社2社に対して提訴しており、千葉の裁判所ですでに受理されているらしい。そういう帰国未遂を11月4日までに計8回繰り返した。うち4回は搭乗拒否。4回は上海までとりあえず乗せていってくれるけれど、入国拒否されて戻ってくるというパターン。ちなみに、馮さんによれば、何度でもとりあえず飛行機に乗せてくれる飛行機会社はANAだけだそうだ。

 

 

■でもそのANAも、馮さんを連れて帰らないと上海当局がその便の離陸を許可しないなど嫌がらせをするので、とにかく馮さんにのってもらって再び成田につれて帰ってくるらしい。

 

■そして最後に馮さんが成田に戻ってきたのがを11月4日。しかしこの日の馮さんは、いつもと違った。これまでは成田に連れ戻されたらおとなしく日本に入国したのだが、彼は今回、パスポートコントロールを通過せず、空港内制限エリアにとどまることを宣言したのだった。

 

 

■馮さんの主張では、4日の帰国便に乗せられるとき、これまでと違いかなり暴力的であったのだという。それまでは、比較的平和的に手を引っ張る程度で搭乗させられていたが、今回は警察4人が馮さんを強くつかんで、ついには両足を抱えあげて機内に運び込んだ。 馮さんは搭乗口で一時間くらい体をはって抵抗したそうだが、この暴力的場面をみても客室乗務員も何もいわず、それどころか背の高い男性乗務員が椅子に無理やり座らせシートベルトを締める手伝いをしたそうだ。「まるで拉致だ!」と馮さん。

 

■さすがに疲れたのと、離陸時の他の客の安全を考えて馮さんはおとなしくなったが、はらわたは煮えくりかえっていた。この怒りが成田籠城決行のきかっけとなったのだ。

 

■制限エリアについては、じつは籠城してはいけない、という法律がない。そもそも通過するためだけに作られた場所なだから、だれもそこで生活すると想定していない。だから空港職員だろうが警察だろうが、馮さんを強制排除することができない。入管の職員だけ、ここは生活するとこじゃありません、とむなしく訴えるだけだという。

 

■しかし、人がとどまる場所として設計されていないから、トイレくらいはあるが、飲食店もなければろくに日の光も入らない。税関の問題もあるので外部から差し入れもできない。寝るとしても体の幅よりせまいベンチがあるくらいだ。当初は、誰もが馮さんが早々にあきらめてくれると思った。

 

■ところが、そうはならなかった。彼は携帯電話をもっており、ツイッターでそこから自分の主張を訴え始めたのだ。もともと著名人権活動家だから、またたく間に馮さんの窮状が知れ渡った。最初の数日間は食べるものもろくになく飢えに苦しんだ。何か買ってきてほしいと空港職員にお金を渡しても、国内から制限エリアに物は持ち込めないと、官僚的な答えが返ってくるだけだった。

 

 

■しかし、有志が馮さんの生活する第一ターミナル南ウイングに着陸する飛行機で、緊急物資を届けるまでにそう時間はかからなかった。国内の外部から制限エリアに差し入れはできないが、飛行機から降りた客が制限エリアを通過するときに、馮さんに機内持ち込みの荷物を手渡すことができるのだ。

 

■さらに、香港、台湾、米国、カナダ、ドイツのメディアなども続々と取材に訪れた。メディアで馮さんのニュースが報じられはじめると、各国航空機の客室乗務員が差し入れをしてくれるようになった。私が訪れた27日、馮さんは「普段はビスケットとか乾きものばかりをたべているけれど、スッチー(航空小姐)が降りてくると、果物とか新鮮な食べ物をくれる。このあいだ、カナダのスッチーがくれたピザはうまかった」と余裕を見せるまでになっていた。

 

 

■ふだん馮さんは自分が取材された記事を見ることはないが、このときは客室常務員が自分の写真が一面にのった新聞をくれたのを自慢げにみせてくれた。

 

 

■「一度も風呂に入ってないんだ」と言っていたので、さぞ小汚くなっているだろう、と思っていたが、ずいぶん小ざっぱりとしている。毎日体もふいて、ちゃんと着替えや下着の差し入れももらっているそうだ。現在はすでに食料だけでも一カ月分くらい持ちそうなほどストックされている。

 

 

 

■馮さんは「ちょっとした英雄だろう」といたずらっぽく笑うが、つらくないわけはない。「やはり夜はほとんど眠れない。昼間は入国する人が多いので、邪魔にならないように気をつけているよ」

この一カ月たらず、ずいぶん痩せたという。気力はあるが健康と体力がそろそろ懸念されている。しかし、ここまでくると、もはや馮さん個人の問題でも中国の内政問題でもなく、普遍的な人権問題を問う事件となり、同時に日中関係の問題ともなるのではないか。

 

■馮さんはこう言っている。

「この事件の背景には、日本と中国の不平等な関係性がある。ようするに中国は日本をなめていて、警察が飛行機に押し込んだあとは私をおとなしく引き取ってくれると思っているのだ。私の出国先が米国だったら、中国もここまで強引なことはしなかったかもしれない」。

「中国の公民が理由もなく中国入国を拒否され、暴力的な手段で日本に強制送還されるということは、これは中国の内政問題ではなく、日中関係に影響を与える問題だろう」

「鳩山首相は友愛の精神を掲げているのだろう。ならばANAに働きかけ、中国政府に働きかけて私を祖国に帰れるようにしてほしい」

 

 

■この発言の念頭にはほぼ同じ時期に米国に滞在し、そこでダライ・ラマ14世と面会もした人権派作家の王力雄氏が、入国拒否の可能性も取りざたされながら無事帰国できた例があるかもしれない。完全に比較はできないかもしれないが、人権に敏感な米国で同じことがおこれば、もっと米国人と米国のマスコミが騒ぐだろうし、そうなれば政府も動かざるをえなくなるだろう。

 

 

■私は、この事件は中国で中国人の人権が守れていないというだけでなく、国連憲章で保障されている基本的人権の侵害が目の前で行われているのを座視した場合、その国に道義的責任はとわれるのではないかと考える。

 

 

■「鳩山首相にも手紙を送っている」と馮さんは言っていた。首相は手紙を読んだだろうか。習近平・国家副主席が今月中旬に来日するが、そのときに、ちゃんと言及して、「友愛国家」の面目を施してほしいと思う。

 

 

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「成田空港でただいま籠城中:馮正虎さんかくかたりき①」への9件のフィードバック

  1. おはようございます。
    このニュースは知りませんでした。有益な情報をありがとう。

  2. 興味深く読ませていただきました。
    私なりに日本と中国との関わりという視点で言わせていただくと、中国国内の問題を外国である日本に持ち込まないでいただきたい、そう思います。
    日本人が外国でこのような籠城騒ぎを起こせば、すぐに日本人の恥ということになり、世論が騒ぐでしょう。
    中国政府にも、ご当人にも、「恥」とか「迷惑」という概念がないのでしょうね。あるのは、双方とも「自分の都合」だけ。
    中国とのかかわりが深まれば深まるほど、このような中国国内の混乱が日本に波及してくる可能性が高まります。
    鳩山由紀夫や民主党は中国などから大量の移民を受け入れることを目論んでいるようですが、それは混乱や犯罪を大量に受け入れることと同義であることを私たちは認識する必要があるように思います。
     

  3. 30日間近く、このようなトラブルが存在しているんですか・・・
    当然、国土交通省の上まで報告は上がっているはずです。
    シナと事を構える覚悟のある政治家など皆無ですから、馮氏が病気にでもなるか、海外から『日本は人権を蹂躙する国家である』と痛烈な批判を浴びて、初めて重い腰を上げるというパターンでしょう。

  4. hanehan さん
    日本が入国を拒否しているわけではなく、馮さんが自分の自由な意思で籠城しているわけでしょうから、『日本は人権を蹂躙する国家である』と痛烈な批判を浴びるいわれはありません。
    人権を蹂躙している国があるとすれば、それは入国を拒否している中国に他なりません。
    空港当局は、法律があろうがなかろうが、施設を不当に占拠している馮さんを排除すべきです。中国が受け入れないのであれば、そして有効なビザを所持しているのであれば、日本に入国させるべきですし、ビザを所持していないのであれば中国に強制送還すべきです。馮さん自身が、もっとはっきり言えば中国人全般が、日本を甘く見ているのではなでしょうか。
    少し話が飛びますが、最近スイスで、イスラム聖廟尖塔建設は違法であるとし、今後尖塔建設は一切禁止することになったというニュースが流れました。民主主義国の寛容さや人権意識がイスラム教徒に付け込まれることにスイス国民が反発した結果であったようです。
    日本政府は、中国人の人権をむやみに重視するのではなく、日本人の人権や利益を優先することを明確にすべきです。それにより国際的な批判を受けるとしても、ひるむことなく、毅然として秩序と国益を守らねばなりません。

  5. To kashiwa123さん
    ご指摘、真摯に受け止めます。
    わざわざ言うつもりなどありませんでしたが、シナが民主主義国であれば、そもそもこんな問題など起きる訳などありません。全てが、言論の自由や近代法の精神が存在しない全体主義の体制に起因します。
    そして、彼の国の過去の悪逆非道の行いを見れば、馮正虎さんが反革命罪で処断されても不思議ではありません。寧ろ欧米のマスコミの目を気にし、海外からの投資に支障となる荒っぽい事は表向き避け、『処刑だけは控える』という政治的判断がなされているのではとさえ思えます。

  6. もう一つのクライメートゲート事件。「嘆きの友の出入り口事件」なんつって・・・。

  7. いい仕事、有終の美発揮ですね。確かに日本には道義的責任があります。当局に見て見ぬふりをさせぬよう、頑張ってください。

  8. こんばんは
     これは知りませんでした。  各新聞社をはじめ、マスメディアは
    報じているんでしょうか。

  9. 香織師匠
    先のエントリでポロっと触れてましたね。 ほんとこういうネタは黙殺されるなぁ…
    > こういうのを考えると、記者の権利って大きい!
    失って判る「前職に於けるメリット」というべきか…まあ、産經もこういうネタを効果的に掘り起こせる「達人」を放出するようじゃ記事化は期待出来ないなぁ…
    > そのときに、ちゃんと言及して、「友愛国家」の面目を施してほしいと思う…
    そういえば今週末だっけか? 小沢幹事長様以下民主党議員が大挙して北京詣でするのって…馮さん在住の成田第一ターミナル南ウイングを経由するのであれば、是非とも彼を「政治的利用」して戴きたいものですね。 

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